アイコン 2月28日午後2時は山田博司事件の第5回公判です。

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2月28日午後2時は山田博司事件の第5回公判です。

本裁判において故浜村福雄氏が亡くなるまで現役の暴力団幹部だったかということは大きな争点の一つでもあります。

そこで我々被告としては裁判所を通じて長崎県警に対して、調査嘱託申立書を提出しました。嘱託先は長崎県警本部(本部長・警視監・金井哲男 様)でした。長崎県警からは本人が故人であるとして、回答は不可とのことだった。

それもそのはずです。長崎県議会の総務委員だった山田博司氏は、平成28年9月定例会・総務委員会(9月28日)、平成28年11月定例会・総務委員会・予算委員会(総務分科会)(12月9日)と2度に亘って県議会議員総務委員としての優位的な地位を悪用し、長崎県警に対して、本裁判に影響を及ぼすと懸念されるような作為的な質問を執拗に繰り返し行っていたのです。

山田博司、どこまでもゲスの極みの卑劣な男です。

長崎県議会議員版の『ゲスの極み山田博司』

https://www.youtube.com/watch?v=VWT3sheZMMg

事件番号 平成28年(ワ)第183号 損害賠償請求事件
原告   山田 博司
被告   中山 洋二 外1名

            準 備 書 面(4)

                         平成29年2月26日

長崎地方裁判所 民事部3係 御中


                        被告 中 山  洋 二
                        
第1 原告と故浜村福雄氏の関係について

1、原告は、前回の準備書面でも、第3回口頭弁論でも暴力団幹部だった故浜村福雄氏との関係を全面的に否認し、その属性についてまで不知と主張している。
2、原告の主張が事実に反する虚偽であることを立証するため、故浜村福雄氏
とも交友関係があった石湊会元幹部で現在は引退し、堅気として暮らしている◎◎◎□氏が原告と故浜村福雄氏との関係は勿論、原告と石湊会との密接な関係について上申書を作成して被告に提供してくれ、裁判の証拠として提出を承諾した。乙A第9号証(上申書)
今回はもう一人の証言と上申書を予定しておりましたが、現役の石湊会幹部ということもあり、また、内容もほとんど似たようなものだと判断し、◎◎氏だけの上申書にいたしました。

第2 被告は故浜村福雄氏の属性を確認するために平成28年11月24日、長崎地方裁判所民事部3係に対して、調査嘱託申立書を提出した。嘱託先は長崎県警本部(本部長・警視監・金井哲男 様)だったが、長崎県警からは本人が故人であるとして、回答は不可とのことだった。

第3 原告は平成28年9月定例会・総務委員会(9月28日)、平成28年11月定例会・総務委員会・予算委員会(総務分科会)(12月9日)で長崎県警に対して、県議会議員総務委員としての優位的な地位を悪用して本裁判に影響を及ぼすと懸念されるような作為的な質問を執拗に繰り返し行っていた。(証拠・乙A第10号証)(証拠・乙A第11号証)

第4、平成18年、県議に当選した御礼の挨拶の時に◎◎◎□氏が山田博司氏から渡された名刺を提出して頂きました(証拠・乙A第12号証)


               上 申 書

第1 まえがき

1、私は、平成23年7月まで石湊会に幹部として所属していましたが、同年、同会を除籍処分され、現在まで一般市民として生活し、現在に至っております。

2、私は、平成28年11月頃、長崎市小曽根町の日刊セイケイ(JCネット)代表者中山洋二氏と久しぶりに再会しました。私と中山洋二氏とは共通の友人を介して知り合いになり、20年以上の知人関係にあります。

中山氏が、日刊セイケイ(JCネット)で五島市選出の県議会議員・山田博司氏から名誉棄損で訴えられてることは知っていました。

3、私は、中山洋二氏に山田博司氏を引き合わせた張本人として、今回の訴訟を誰よりも気にかけていました。

4、中山氏から、故浜村福雄氏と山田博司氏との関係、石湊会と山田博司氏との関係を証言してもらえないだろうかとの協力を求められ、元々、中山氏に山田氏を紹介した責任も感じておりましたので、中山氏の要請を快諾いたしました。

5、私の知り得る事を、差しさわりのない範囲で事実関係を率直に上申致します。
なお、私は、記憶する事実を率直に申し上げますので、裁判官及び山田博司氏代理人弁護士が偏見を持たずお読みください。また、私の上申書が訴訟の証拠となること、及び必要であれば証人尋問を受けることも承知いたします。

第2 私と石湊会、浜村福雄氏及び山田博司長崎県会議員との関係について

1、私が所属していた石湊会は元会長だった石本修二氏が五島市出身という関係もあり、故浜村福雄氏、山田博司氏も同じ五島市在住ということもあり、他の石湊会幹部も含めて山田博司氏とは密接な交友関係にありました。

2、故浜村福雄氏は、同じ九州の有力暴力団(現指定暴力団道仁会)の幹部であった関係もあり、特別に意識する人物でもありました。

また、山田氏と故浜村福雄氏とは故浜村福雄氏の内縁の妻(平野恵子)の連れ子と山田氏が同級生という関係から特別に密接な関係だということは石湊会でも知らない者はないというくらい周知の事実でした。

平成18年に行われた県議会議員選挙は勿論、平成11年に行われた旧福江市(現在の五島市)市長選挙に山田博司氏が立候補して、現職の木場弥一郎氏と市長選挙を戦った時には石湊会の当時の会長だった石本修二氏の指示で石湊会一丸となって山田氏を応援したものです。

結果は現職の木場氏に新人の山田氏が敗れはしましたが、その後の山田氏の県議初当選に大きく影響してるとことには間違いありません。

また、この事実は当時、五島市民は勿論、五島市の土建業をはじめとして経済界、政界関係者のみならず、五島署も認める事実でした。勿論、山田博司氏から当時の石湊会の会長だった石本会長に山田氏から選挙応援の依頼があったからの選挙応援だったことは間違いありません。

3、私が中山氏と山田氏を初めて紹介したのは、確か、山田氏が県議に初めて当選した平成18年秋頃でした。

現在も石湊会の幹部をしている五島市在住の◎◎◎◎氏から電話があり、「今、稲佐山にあるホテル・ルークプラザに県会議員の山田博司と一緒にいるが、中山洋二と会いたいと言っている、中山と連絡とれないだろうか」との電話でした。

私は中山氏に早々に電話して、長崎にいることを確認すると、「稲佐山のホテル・ルークプラザに石湊会の◎◎◎◎氏と県議会議員の山田博司が会いたいと言っている。時間があったら稲佐山のホテル・ルークプラザに出て来て会ってもらえないだろうか。」と言うと、中山氏は快諾してくれました。私も早々に準備してホテル・ルークプラザに行ってみると、石湊会幹部の◎◎◎◎氏と長崎県議会議員の山田博司氏がコーヒーを飲みながら私を待っていました。

4、少し遅れて中山氏が到着し、私は◎◎氏に中山氏をまず紹介し、◎◎氏が中山氏に山田博司氏を紹介しました。◎◎氏は中山氏に対して「五島の関係で石本会長も山田県議を応援している、中山さんも山田を応援して可愛がってくれんね、宜しく頼むばい。」と言っていたように記憶しています。それに対して中山氏は「長崎県には悪い政治家がいっぱいいる、山田県議もそうならんように、五島の発展のためにがんばってくれ」というような意味のことを言っていたことを記憶しております。

5、その時の◎◎氏と中山洋二氏、山田博司氏との会談は特別な事案があったわけではなく、インターネットで毎日、県政に関する事案を発信することで県政に多少なりとも影響力を持つ、中山氏に県議になったばかりの山田氏を紹介し、応援してもらうのが目的だったと記憶しております。

6、その時に、石湊会が関係していた長崎市内で興業があったプロレスのチケットを山田氏に50枚ほど売ってくれるように山田氏に渡したのを記憶しております。山田氏は「山田博司後援会の企業に分配します」と言って、一枚8000円のチケットを山田氏には6000円で卸し、山田氏が◎◎氏に30万円を支払っていました。

7、その後、県議会議員としてキャリアを重ね、着々と力を付けていった山田氏に関する情報は悪い噂ばかりでした。

8、私たちヤクザが暴力を背景に政治家や経済界に影響力を行使し、社会に対して一定の影響力を保持していたのも事実でしたが、平成24年、長崎県暴力団排除条例が公布されてからは、ヤクザがヤクザとして生きることは非常に困難な時代になっております。

9、そこに県議会議員という優位な立場を利用し、県議会本会議や委員会で県職員に対して威圧的な発言を繰り返す山田博司氏の姿をインターネット動画で拝見し、昔の暴力装置を背景に社会に入り込んでいた暴力団と同じ臭いを率直に感じています。

特に山田博司氏が平成24年の本会議で同じ五島出身の坂口工業が落札した長崎市柳埠頭埋め立て工事の入札を取り消せと長崎県土木部長、長崎県副知事を激しく責め立てる動画を見た時には県議会議員のバッチを付けた新種の暴力団員かと見間違うほどの迫力がありました。

その後、坂口工業が山田博司氏に100万円の献金をしたと知ったときには、山田氏に対して怒りを感じたものです。これも、今回、中山氏の要請を受けて証言すると決めた大きな要因の一つでもあります。

10、十数年前に見た山田氏の顔と、いま、インターネット動画で見る山田氏の人相の豹変ぶりを見て、今の山田氏の悪い評判に対して納得する思いがします。

石湊会の石本会長も地元五島市では強面のヤクザとして名を上げていましたが、一旦、地元を出ると、地元五島市の業者に対しては郷土愛を持って接していました。

貰って良い金と、そうでない金の筋は通していました。どんな汚い金でも取るのは所詮はチンピラであり、私たちは外道と呼んでおりました。今の山田博司氏を見てると外道そのものだと痛切に感じております。

11、私は、現在でも故浜村福雄氏を同じ業界で生きた男として、また、先輩としても尊敬しており、今回の裁判で山田博司氏が故浜村福雄氏について、一切の交際を否定するばかりか、故浜村福雄氏が暴力団幹部であったことまで知らないと断言する不情理に対して、不快感と不信感、また、強い憤りを感じております。

12、平成18年、山田博司氏が県議初当選の御礼の挨拶の時に山田博司氏から頂いた名刺を証拠として、中山洋二氏に提供します。

13、私は、この度の裁判の内容は分かりませんが、山田博司氏が故浜村福雄氏との関係を全面的に否定したりすることは、石湊会との密接な関係まで否定することであり、あれだけ故浜村福雄氏や石湊会に世話になっていながら、いくら県議としての立場があるにせよ、山田博司氏は、正直に故浜村福雄氏との関係を話すべきであり、その事が世話になった故浜村福雄氏や石湊会に対する人間としての最低の情理であろうと思い上申書を認めました。
                                                                             以上

長崎県議会議員・山田博司は「恐喝罪」で長崎地方検察庁に告発状を提出される
https://www.youtube.com/watch?v=Tyh6OBq9TGk&t=32s

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[ 2017年2月27日 ]

 

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