アイコン 原告・山田博司県議は未だ弁明書も提出できず。

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昨年7月、山田博司県議と暴力団の親密な関係を暴露した投稿記事を掲載したら、山田博司に名誉棄損で訴えられた。

8月16日に答弁書を提出し、8月23日に第一回公判が行われ、裁判は順調に進んでいたが、ここにきて山田側は弁明書も提出しきれないでいる。

明日、4月24日午後3時が第6回公判だが、第5回の公判で次回(4月24日)までに原告・山田博司の弁明書を提出するように、裁判官に申し渡されてたにもかかわらず、山田側からは、今日になっても弁明書は提出されていない。

何れにしろ、山田博司の本人尋問を申請し、法廷での直接対決が実現する。



山田博司県議との裁判、今日、答弁書を提出します
http://n-seikei.jp/2016/08/post-39123.html

次の次は、愈々、山田博司氏の本人尋問でしょう。
http://n-seikei.jp/2017/03/post-42750.html

2月28日午後2時、山田博司事件の第5回公判もめでたく終了しました。

前回の第4回公判に続いて、山田博司県議の裏の顔がA氏の「上申書」で明らかになりました。

0422_01.jpg



下に貼り付けているのは「山田博司県議」36歳が県議に初当選した御礼の挨拶をした時に長崎市内のホテルで当時、石湊会幹部だったA氏に渡した名刺の実物です。

ヤル気、ゲン気、ヒロシです。裁判所に証拠として提出されたものです。

性根の悪さは隠し切れませんが、まだまだ初々しさが残る、今ほどの悪人面ではないです。

下は現在の山田博司県議です。これはもう救いようがない薬が切れた時の患者さんみたいな顔してます。

変われば変わるもんです。金、金、金、悪いことばかりして金と女に執着していたら、こんな醜い顔になるという、見本のような顔してます。

第4回公判、第5回公判と、一言も発しない山田博司氏と代理人の川崎弁護士でしたが、第4回での山田氏と暴力団幹部だった故浜村福雄氏との関係をB氏が赤裸々に証言している「上申書・1」と、今回、新たに証言された石湊会元幹部が提出した「上申書・2」に対して、次回第6回公判では、嫌でも弁明しなくてはなりません。

さ~これらの事実に対して山田博司氏はどのように弁明するんでしょうか、想定されるのは「全て不知」または「10年も前の事なので記憶にない」まさか「全て虚偽」はないと思いたいが、今の山田博司氏と、あの川崎弁護士なら、これも全くないとは言い難いですから、怖いです。(笑)

何れにしろ、次の次は法廷での直接対決が実現しそうです。愈々、山田博司氏の本人尋問も時間の問題となってきたようです。

             上 申 書

第1 まえがき

1、私は、平成23年7月まで石湊会に幹部として所属していましたが、同年、同会を除籍処分され、現在まで一般市民として生活し、現在に至っております。

2、私は、平成28年11月頃、長崎市小曽根町の日刊セイケイ(JCネット)代表者中山洋二氏と久しぶりに再会しました。私と中山洋二氏とは共通の友人を介して知り合いになり、20年以上の知人関係にあります。

中山氏が、日刊セイケイ(JCネット)で五島市選出の県議会議員・山田博司氏から名誉棄損で訴えられてることは知っていました。

3、私は、中山洋二氏に山田博司氏を引き合わせた張本人として、今回の訴訟を誰よりも気にかけていました。

4、中山氏から、故浜村福雄氏と山田博司氏との関係、石湊会と山田博司氏との関係を証言してもらえないだろうかとの協力を求められ、元々、中山氏に山田氏を紹介した責任も感じておりましたので、中山氏の要請を快諾いたしました。

5、私の知り得る事を、差しさわりのない範囲で事実関係を率直に上申致します。
なお、私は、記憶する事実を率直に申し上げますので、裁判官及び山田博司氏代理人弁護士が偏見を持たずお読みください。また、私の上申書が訴訟の証拠となること、及び必要であれば証人尋問を受けることも承知いたします。

第2 私と石湊会、浜村福雄氏及び山田博司長崎県会議員との関係について

1、私が所属していた石湊会は元会長だった石本修二氏が五島市出身という関係もあり、故浜村福雄氏、山田博司氏も同じ五島市在住ということもあり、他の石湊会幹部も含めて山田博司氏とは密接な交友関係にありました。

2、故浜村福雄氏は、同じ九州の有力暴力団(現指定暴力団道仁会)の幹部であった関係もあり、特別に意識する人物でもありました。

また、山田氏と故浜村福雄氏とは故浜村福雄氏の内縁の妻(平野恵子)の連れ子と山田氏が同級生という関係から特別に密接な関係だということは石湊会でも知らない者はないというくらい周知の事実でした。

平成18年に行われた県議会議員選挙は勿論、平成11年に行われた旧福江市(現在の五島市)市長選挙に山田博司氏が立候補して、現職の木場弥一郎氏と市長選挙を戦った時には石湊会の当時の会長だった石本修二氏の指示で石湊会一丸となって山田氏を応援したものです。

結果は現職の木場氏に新人の山田氏が敗れはしましたが、その後の山田氏の県議初当選に大きく影響してるとことには間違いありません。

また、この事実は当時、五島市民は勿論、五島市の土建業をはじめとして経済界、政界関係者のみならず、五島署も認める事実でした。勿論、山田博司氏から当時の石湊会の会長だった石本会長に山田氏から選挙応援の依頼があったからの選挙応援だったことは間違いありません。

3、私が中山氏と山田氏を初めて紹介したのは、確か、山田氏が県議に初めて当選した平成18年秋頃でした。

現在も石湊会の幹部をしている五島市在住の◎◎◎◎氏から電話があり、「今、稲佐山にあるホテル・ルークプラザに県会議員の山田博司と一緒にいるが、中山洋二と会いたいと言っている、中山と連絡とれないだろうか」との電話でした。

私は中山氏に早々に電話して、長崎にいることを確認すると、「稲佐山のホテル・ルークプラザに石湊会の◎◎◎◎氏と県議会議員の山田博司が会いたいと言っている。時間があったら稲佐山のホテル・ルークプラザに出て来て会ってもらえないだろうか。」と言うと、中山氏は快諾してくれました。私も早々に準備してホテル・ルークプラザに行ってみると、石湊会幹部の◎◎◎◎氏と長崎県議会議員の山田博司氏がコーヒーを飲みながら私を待っていました。

4、少し遅れて中山氏が到着し、私は◎◎氏に中山氏をまず紹介し、◎◎氏が中山氏に山田博司氏を紹介しました。◎◎氏は中山氏に対して「五島の関係で石本会長も山田県議を応援している、中山さんも山田を応援して可愛がってくれんね、宜しく頼むばい。」と言っていたように記憶しています。それに対して中山氏は「長崎県には悪い政治家がいっぱいいる、山田県議もそうならんように、五島の発展のためにがんばってくれ」というような意味のことを言っていたことを記憶しております。

5、その時の◎◎氏と中山洋二氏、山田博司氏との会談は特別な事案があったわけではなく、インターネットで毎日、県政に関する事案を発信することで県政に多少なりとも影響力を持つ、中山氏に県議になったばかりの山田氏を紹介し、応援してもらうのが目的だったと記憶しております。

6、その時に、石湊会が関係していた長崎市内で興業があったプロレスのチケットを山田氏に50枚ほど売ってくれるように山田氏に渡したのを記憶しております。山田氏は「山田博司後援会の企業に分配します」と言って、一枚8000円のチケットを山田氏には6000円で卸し、山田氏が◎◎氏に30万円を支払っていました。

7、その後、県議会議員としてキャリアを重ね、着々と力を付けていった山田氏に関する情報は悪い噂ばかりでした。

8、私たちヤクザが暴力を背景に政治家や経済界に影響力を行使し、社会に対して一定の影響力を保持していたのも事実でしたが、平成24年、長崎県暴力団排除条例が公布されてからは、ヤクザがヤクザとして生きることは非常に困難な時代になっております。

9、そこに県議会議員という優位な立場を利用し、県議会本会議や委員会で県職員に対して威圧的な発言を繰り返す山田博司氏の姿をインターネット動画で拝見し、昔の暴力装置を背景に社会に入り込んでいた暴力団と同じ臭いを率直に感じています。

特に山田博司氏が平成24年の本会議で同じ五島出身の坂口工業が落札した長崎市柳埠頭埋め立て工事の入札を取り消せと長崎県土木部長、長崎県副知事を激しく責め立てる動画を見た時には県議会議員のバッチを付けた新種の暴力団員かと見間違うほどの迫力がありました。

その後、坂口工業が山田博司氏に100万円の献金をしたと知ったときには、山田氏に対して怒りを感じたものです。これも、今回、中山氏の要請を受けて証言すると決めた大きな要因の一つでもあります。

10、十数年前に見た山田氏の顔と、いま、インターネット動画で見る山田氏の人相の豹変ぶりを見て、今の山田氏の悪い評判に対して納得する思いがします。

石湊会の石本会長も地元五島市では強面のヤクザとして名を上げていましたが、一旦、地元を出ると、地元五島市の業者に対しては郷土愛を持って接していました。

貰って良い金と、そうでない金の筋は通していました。どんな汚い金でも取るのは所詮はチンピラであり、私たちは外道と呼んでおりました。今の山田博司氏を見てると外道そのものだと痛切に感じております。

11、私は、現在でも故浜村福雄氏を同じ業界で生きた男として、また、先輩としても尊敬しており、今回の裁判で山田博司氏が故浜村福雄氏について、一切の交際を否定するばかりか、故浜村福雄氏が暴力団幹部であったことまで知らないと断言する不情理に対して、不快感と不信感、また、強い憤りを感じております。

12、平成18年、山田博司氏が県議初当選の御礼の挨拶の時に山田博司氏から頂いた名刺を証拠として、中山洋二氏に提供します。

13、私は、この度の裁判の内容は分かりませんが、山田博司氏が故浜村福雄氏との関係を全面的に否定したりすることは、石湊会との密接な関係まで否定することであり、あれだけ故浜村福雄氏や石湊会に世話になっていながら、いくら県議としての立場があるにせよ、山田博司氏は、正直に故浜村福雄氏との関係を話すべきであり、その事が世話になった故浜村福雄氏や石湊会に対する人間としての最低の情理であろうと思い上申書を認めました。

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[ 2017年4月24日 ]

 

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