アイコン 公正公平な記事を(金子原二郎)

 

 

令和元年(2019)10月5日、10月11日の長崎新聞が立て続きに放った提灯記事「公平公正な運営」「金子氏最長在籍737日」(参院予算委員長・異例の再留任)という記事で前の長崎県知事金子原二郎氏が参院の予算委員長に留任したことを知った。

天下の公器と呼ばれている長崎新聞、記事を掲載するならこんなどうでもよい提灯記事でない「公平公正な記事」を書いて頂きたい。それこそが県民紙としての矜持であろう。

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令和元年9月11日(水)の内閣改造において、農水大臣での入閣を熱望しながら果たされなかった金子原二郎氏の処遇が気にはなっていたが、まさかの参院の予算委員長留任には笑うしかない。

金子原二郎氏は昭和50年(1975)長崎県議会議員に初当選し、以後3期連続当選。3期目の任期途中の昭和58年(1983)父・金子岩三の引退に伴い、第37回衆議院議員総選挙に旧長崎2区(定数4)から自由民主党公認で出馬し、衆議院法務委員長や建設政務次官を務めてはいたが、議員として一般質問を一度もしていない稀有な議員として知られていた。衆議院議員4期目の平成10年(1998)、衆議院議員を辞職。長崎県知事選挙に無所属で出馬し、当選した。以後3期連続で当選し、平成22年(2010)2月まで長崎県知事を務めている。

何故だか不思議と選挙とマージャンは強いが、選挙に強いからといって人間として政治家として有能だとは言えない見本のような政治家である。

長崎県議会議員3期、衆議院議員4期、長崎県知事3期、参議院議員2期という輝かしい経歴は長崎県政でも群を抜くが、国政での能力不足は如何ともし難い。

同じ長崎県選出でも故西岡武夫氏は衆議院11期、参議院2期だったが、文部大臣2回、自民党総務会長、参議院議長という重職を務めあげている。

令和元年9月11日(水)の内閣改造で同じ長崎県選出で金子氏と同じ宏池会(岸田派)所属の北村誠吾氏(長崎4区)は衆議院7期目で地方創生大臣に就任している。

長崎県選出の大臣誕生としては民主党政権で3ヶ月という短い期間だったが山田正彦農水大臣(平成22年6月~9月)以来の9年ぶりの長崎県からの北村誠吾大臣誕生ということになる。

自民党からの本格的な大臣就任となれば平成18年(2006)9月に防衛庁長官(初代防衛省大臣)の久間章生氏以来だから11年ぶりの快挙である。

大臣になりたくてなりたくて堪らない金子原二郎氏や谷川弥一氏の心中は察するに余りあるが、最近、谷川弥一氏は長崎に帰ると配下の県議連中を捕まえては「北村を大臣にしてやったのは俺だ」と放言しているそうだが、冗談は顔だけにしとけ、銅座の街を徘徊するまではしょうがないとしても老害もここまでくれば晩年を汚した銅座の害悪、老害である。

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天下に老害の恥を晒した谷川弥一

[ 2019年10月15日 ]

 

 

 


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