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京都国立博物館(京都市東山区)に土佐勤王党員の刀として所蔵されている「埋忠明寿」が、幕末の志士・坂本龍馬の刀だったことがわかったと報じられている。
 
龍馬が使ったことを明記した資料が、高知県立坂本龍馬記念館の調査で見つかった。同記念館の前田由紀枝・学芸課長は「龍馬の所有物と確認されたことで、今後、注目も高まるのでは」と期待している。
 「埋忠明寿」は、龍馬が襲撃を受けて死亡したときに持っていたとされる「吉行」とともに、坂本家当主の坂本弥太郎から1931年に現在の同博物館に寄贈された遺品の一つ。

1929年に東京・青山会館で開かれた「土佐勤王志士遺墨展覧会」に出品された際、図録に勤王党員の島村衛吉の刀と記載されており、以来、島村の刀とされていた。

今年6月、坂本家が同記念館に寄贈した資料の中に、同展覧会への出品目録の控えがあり、調べたところ、刀工を示す「山城国西陣住 埋忠明寿」として「龍馬の佩用せしものを、当時の志士にして海援隊の最高幹部たる管(菅)野覚兵衛に贈りたるものなり」と明記。さらに、「明治四十年、故あって管(菅)野家より坂本家へ返戻あり」と記されていた。

刀の来歴が詳しく書かれていることなどから、京都国立博物館の宮川禎一・列品管理室長は「埋忠が龍馬の刀だとはっきりした、といえる」と話している。
以上、報道

名刀「埋忠明寿」は坂本龍馬の刀