真の日韓友好とは/山路敬介氏寄稿 奥茂治氏 その人間と行動 その2
今回も奥茂治さんの人間性を深く考察しています。
日本全体がまた左へと流されようとするなかで
この熱心さには本当に頭が下がります。
きょうも、(農と島のありんくりん)を読んでみてください。
山路氏の論考の2回目です。昨日の前川喚問については山路氏による奥氏の人となりを掲載してからにいたします。
前川喚問についは連載終了後にいたします。
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http://www.sankei.com/politics/news/170512/plt1705120011-n1.html
■奥茂治氏 その人間と行動 その2
~「先人を含む日本の名誉」の国益性
山路 敬介
承前
■「謝罪碑」の文面
「あなたは日本の侵略戦争のため徴用され、強制労働の屈辱と苦難の中で家族を思い、望郷の念もむなしく尊い命を奪われました。
私は徴用と強制連行を実行指揮した日本人の一人として、人道に反したその行為と精神を潔く反省して謹んであなたに謝罪します。
老齢の私は死後もあなたの霊の前に拝跪して、あなたの許しを請い続けます。
合掌
1983年12月15日 元労務報国会徴用隊長 吉田清治 」
篠原章 「吉田清治の謝罪碑を書き換えたのは私です--「実行犯」奥茂治
氏の告白」 新潮45 7月号66pより
言うまでもありませんが、これほど事実に反する文章を石に刻みつけてまで後世に残す事は日本人にはもとより、韓国国民にとってこれ以上の屈辱はないでしょう。
そのうえ、ここに額づきして見せた土下座のパフォーマンスの意味を鑑みるに、私にはこれこそ「朝鮮人差別」だった、と思われてなりません。
> 戦時中、朝鮮人の多くが日本軍人にあこがれ尊敬し自からこれに投影しようとましたが、戦後になって日本人の方が「何か得体の知れない人間たち」として変化して行ったのであって、朝鮮人の目から見たらイケテない民族に写っているのではないかと考えられます。
余談でしたが、つまるところ「日韓友好」というものが今後あるとすれば、健全な相互批判を持って行われる以外になく、その第一歩は韓国内の「事実の訂正」からによる他はありません。
韓国内の報道を考えれば奥氏の企図するところが正就する確率は低く効果の点でも覚束つきませんが、奥氏のような日本人は韓国人には本来的に好まれるところでもあります。
彼らを信頼し尊敬に値する民族として尊重するならば、少なくも奥氏の行動の方向性は間違ってはいず、むしろ安倍氏までの日本の外交方針に決定的な誤謬があったと言えます。
奥茂治氏
■奥茂治という人間
個人的には「容貌魁偉」などという言葉がうかんできてしまうのですが、沖縄のオジさんはゴッツイ感じの人が多いので、外見だけでそんな風に思われる人は多くないかも知れません。
茫洋とした人物に見える時もあります。
普段から小ざっぱりした服装を好まれる方ですが、麦わら帽子に島ぞうりを履いてキビ畑にいれば、そのまま「近所の農家のおじさん」と言った感じでもあります。
話し方などもとても流暢とはいえず穏やかなもので、沖縄人としても訥弁の方かも知れません。
奥氏という人は、反目に回った議論の相手の前に出ても気色ばむ事もなければ、声を荒げる事もありません。
むしろ「公平」以上に相手の話をじっくり聞きますので、主張の全体的な骨子を理解するのがかえって早いようです。
相違点とポイントをしっかりおさえ、その事について丹念に議論しながら時には持ち帰り、後日再び会って納得を得てのち、初めてまた別の次の相違点に移る、といった具合で、やり方が常に「ひとつひとつ」なのです。
結局最後は相手も真意を話すようにならざるを得なく、すっかり説得を受け入れてしまう仕儀となります。
奥氏の人間理解の深さが、その説得術の根幹にあります。
これは私の考えに過ぎませんが、近年の沖縄防衛局の地権者に対する効果の高い粘り強く着実な交渉方法は、この奥茂治方式によるものと思っています。
また、奥氏は沖縄における「保守派のフィクサー」などと言い囃される事もありますが、その行動が金銭を伴ったものであった事は一度もなく、自衛隊OB会や協力会には入っているものの、団体の意向を笠に着る交渉を行なったことはありません。
それでも喜界島の通信施設設置や、与那国島の自衛隊設置問題などで地域との交渉の面で重要な役割を果たして来ました。
それらはすべて交通費からして手弁当で、交渉そのものがすべからく「個人行為」である事もこの人の魅力です。
なおかつ、こうした功労を影で称える人こそ存在しますが行為が公表されるわけでなく、本人自身それを望んでもいないし、したがって「知る人ぞ知る」の状態で、少しも鼻にかける事もありません。
青山繁晴氏がよく西郷南洲の言を引いて、「命もいらぬ、金もいらぬし、名もいらぬ~」云々の事を政治家の矜持としてよく言われますが、奥茂治氏の場合はそのような言葉に寄らず全く意識しないでも、これを自然に行動に結び付けられる点で突出しています。
飄々としていますが、「飄々としておりましょうよ」という事で飄々としているのではなく、つまり「作った部分が何もない」人です。
(続く)
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