アイコン 日産 全面出荷停止 不正検査は20年前から 発覚後も4工場で不正

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<20年前ころから不正>
1991年、バブル崩壊・金利高へ、
1997年~1998年、有利子負債が2兆円あり経営危機表面化、
1993年3月、ルノー傘下に・ゴーン体制。
2017年9月3日、全国全6工場で不正検査、国交省の抜き打ち検査で発覚
2017年10月19日、その後も追浜工場、栃木工場、日産自動車九州(工場)、日産車体湘南工場の4工場で不正検査が続けられていたと発表。

日産の西川社長は、「発覚後は100%認定検査員が検査しており、不正はない」と公式に発表していたが、公に嘘を付いていたことになり、公式に再度謝罪した。
日本国中が大騒ぎになった中で、社長に嘘を付かせる日産の内部統制そのものが杜撰なものになっている。

日産自動車は、国交省から問題を指摘されたあとも、資格のない従業員が不適切な検査を続けていたとして、国内向けの車の出荷を停止すると発表した。
不適切な検査は、少なくとも20年近く前から行われていたことがわかり、国交省は再発防止策の徹底を日産に強く求めていく方針。
日産は19日、車の出荷前の検査を資格のない従業員が行っていた問題について、国から指摘を受けたあとも神奈川県横須賀市にある追浜工場など4ヶ所で不適切な検査を続けていたことを明らかにした。

そのうえで、国内に6ヶ所あるすべての工場で、国内向けの車の出荷を停止すると発表した。
問題が発覚した検査は、車の安全性を最終的にチェックするため国がメーカーに義務づけている重要な工程だが、少なくとも20年近く前から不適切な検査が行われていたことが日産の社内調査で新たにわかった。

日産は再発防止に向けて、車の検査場所を1か所に集約したうえで、資格を持った検査員以外は立ち入れないようにするなど対策を検討するとしている。

国交省は問題の発覚を受けて経営トップが現場に改善を指示したあとも杜撰な検査を改めていなかったことを重く見て、日産に再発防止策の徹底を強く求めていく方針。
以上、

  国交省の検査も20年間行われていなかったか、なぁなぁの関係で杜撰な検査が行われていたことになる。

認定者の認定印を工場内の管理部門が管理し、期間工などの検査補助員に印鑑を貸し出し、検査させ、認定者の印を押印させていた。中には、認定されていない補助員の印鑑の押印もあるという。
  ただ、検査はマニュアル化され、認定員から補助員もマニュアルに基づき指導を受けているものと想定される。不正検査は免れないが、車両の問題は補助員であっても、ちゃんと検査していれば皆無に近いものと見られる。

※ 前回のお詫び修正
不正検査が続けられていたのは、当初、神奈川の工場となっており、直営工場は追浜工場だけであり、同工場と掲載しましたが、その後、平塚の湘南工場(日産車体経営)と報道され修正しました。しかし、両工場とも不正を継続していたことがわかりました。ここに訂正を修正します。

 

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[ 2017年10月20日 ]

 

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