県庁跡地には長崎県を誇れる施設を!
そもそも田上課長市長に長崎の文化がどんなものなのか、わかってるとはとても思えない。
しかも、長崎県が所有する旧長崎県庁跡地に「長崎市立文化ホール」を勝手に夢想し、新聞などにあたかも長崎県が了承したかのようにフェイク報道させる悪質さは、長崎人気質とは異質なものである。
破壊王・田上課長市長
どこの人じゃろうか。
田上課長市長の上司である三藤副市長
200億は掛かるだろう19階建ての新市役所に、138億円もするMICE事業に、100億円では済まないだろう長崎市立文化ホール建設。
ざっと400億から450億円は掛かる。
人口流失日本一の長崎市のどこにそんな金があるんじゃろうか。
田上課長市長も課長市長の上司である三藤副市長も利権の臭いがプンプンする箱物がお好きのようだ。
嫁の7000万とも8000万とも言われていた借金はどがんして返したんじゃろうか、不思議か。
はよ~こがんわけのわからん課長市長には辞めてもろうて長崎を変えんば、このままじゃあ長崎に人のおらんごとなるばい。
きょうも、fbから浅田五郎さんの正論すぎる投稿を紹介します。
浅田 五郎
https://www.facebook.com/asada.goro
浅田五郎さん
「県庁跡地には長崎県を誇れる施設を!」
今、県庁跡地には長崎市立文化ホールとの希望を長崎市は持っているようです。
この場所がどいう歴史とか文化が育まれた場所で有ったかはかいもく田上市長には関係無いようです。長崎県の発展の歴史を紐解くならあの跡地こそ長崎県が世界に発信できる最高の場所では無いでしょうか。
「出島」のできる前、長崎の岬の先端に岬の教会の名にふさわしい教会が誕生しそれを起点にして長崎の新しい近代化への街づくりが始まったのです。
今、日本の考古学者の諸先生方が文化財の価値ある財産が有ることを考慮して慎重に遺構の発掘調査をして欲しいと県に陳情しています。
さらに、小島養生所を保存復元する市民の会では、ポンペを始め医学伝習所など日本の近代医学発祥の地としての価値ある場所を残すべきであるとしてそこに歴史資料館博物館などを建設することを要望しています。
又他のグループでは世界遺産の二つの史料を集めることにより、潜伏キリシタンの歴史がこの跡地をとうして世界に発信出来るでしょうと希望をしています。
長崎県は、長崎市に文化ホールを建てて貰えれば、建設費はいら無いし、県庁跡地が早く解決するのでいいと思っているのでは無いかと危惧している人もいます。
そんな程度の低い政治は長崎県も県議会も決して致しませんとそのような事を申しています。借金してでも長崎県の財産は守るのが政治ですと思っています。それが次の世代には宝になるのですから。
この跡地は県庁が移転しただけに県民が何を求めているかが、最高の基準でなくてはなりません。県議会が最終的には決定権があるのですから、4月には新県議会のメンバーが誕生します。長崎市の市長の迷走の責任を市長選挙前に県議会が取ってやる必要はないでしょう。
地元商店街の会長さんは、文化ホールは、県庁跡地に建設する必要はないと申しております。
朝夕の賑わいは歴史を見せ、文化を考え、感動を覚える施設が人を呼び込むと多くの方は述べています。
夜はその建物の最上階から展望ができれば夜の賑わいも保証できるでしょう。