マウスの血液や皮膚などの細胞を弱酸性液に浸して刺激を与え るだけで、人工多能性幹細胞(iPS細胞)のようにさまざまな細胞になる万能細胞ができたと、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター(神戸市)の小 保方晴子研究ユニットリーダーらが30日付の英科学誌ネイチャーに発表した。

山中伸弥京都大教授らは、遺伝子を細胞に入れることで受精卵の状態に逆戻りさせる「初期化」を行ってiPS細胞を作ったが、今回の方法は、より短期間で効率良く万能細胞ができる。
小保方リーダーは「iPS細胞とは全く違う原理。人に応用できれば再生医療のみならず、新しい医療分野の開拓に貢献できる」と説明。この万能細胞を「刺激惹起性多能性獲得(STAP)幹細胞」と名付けた。

再生医療への応用研究が進むiPS細胞は遺伝子操作に伴うがん化のリスクがあり、初期化の成功率も0・2%未満と低い。これに対しSTAP細胞は、外的な刺激を与えるだけなのでがん化のリスクが低く、初期化成功率も7~9%。
ただ、成功率が高いのは、生後1週間以内のマウスの細胞を使った場合に限定されることなどが課題、だが、研究チームはメカニズムを解明し再生医療への応用を目指すとしている。

体細胞の分化状態の記憶を消去し初期化する原理を発見-細胞外刺激による細胞ストレスが高効率に万能細胞を誘導-
ニンジンがヒント
ポイント

1、細胞外刺激により体細胞を迅速に多能性細胞へ初期化する方法を開発
1、核移植も遺伝子導入も不要な多能性の獲得という新しいメカニズムを発見
1、初期化された多能性細胞はすべての生体組織と胎盤組織に分化できる
要旨
理化学研究所(理研)は、動物の体細胞の分化の記憶を消去し、万能細胞(多能性細胞)へと初期化]する原理を新たに発見し、それをもとに核移植や遺伝子導入などの従来の初期化法とは異なる「細胞外刺激による細胞ストレス」によって、短期間に効率よく万能細胞を試験管内で作成する方法を開発した。

これは、理研発生・再生科学総合研究センター細胞リプログラミング研究ユニットの小保方晴子研究ユニットリーダーを中心とする研究ユニットと同研究センターの若山照彦元チームリーダー(現 山梨大学教授)、および米国ハーバード大学のチャールズ・バカンティ教授らの共同研究グループによる成果である。

哺乳類の発生過程では、着床直前の受精胚の中にある未分化な細胞は、体のすべての細胞に分化する能力(多能性)を有している。ところが、生後の体の細胞(体細胞)は、細胞の個性付け(分化)が既に運命づけられており、血液細胞は血液細胞、神経細胞は神経細胞などの一定の細胞種類の枠を保ち、それを越えて変化することは原則的にはない。即ち、いったん分化すると自分の分化型以外の細胞を生み出すことはできず、分化状態の記憶を強く保持することが知られている。
今回、共同研究グループは、マウスのリンパ球などの体細胞を用いて、こうした体細胞の分化型を保持している制御メカニズムが、強い細胞ストレス下では解除されることを見いだした。さらに、この解除により、体細胞は「初期化」され多能性細胞へと変化することを発見した。
この多能性細胞は、胎盤組織に分化する能力をも有し、ごく初期の受精胚に見られるような「全能性」に近い性質を持つ可能性が示唆された。
この初期化現象は、遺伝子導入によるiPS細胞(人工多能性幹細胞)の樹立とは全く異質である。

共同研究グループは、この初期化現象を刺激惹起性多能性獲得(STAP)、初期化された細胞をSTAP細胞と名付けた。
STAPの発見は、細胞の分化状態の記憶の消去や自在な書き換えを可能にする新技術の開発につながる画期的なブレイクスルーであり、今後、再生医学のみならず幅広い医学・生物学に貢献する細胞操作技術を生み出すと期待できる。

本研究成果は英国の科学雑誌『Nature』(1月30日号:日本時間1月30日)に掲載される。

背景
ヒトを含めた哺乳類動物の体は、血液細胞、筋肉細胞、神経細胞など多数の種類の細胞(体細胞)で構成されています。しかし、発生をさかのぼると、受精卵にたどり着く。受精卵が、分裂して多様な種類の細胞に変わり、体細胞の種類ごとにそれぞれ個性付けされることを「分化」と言う。体細胞はいったん分化を完了すると、その細胞の種類の記憶(分化状態)は固定される。
従って、分化した体細胞が、別の種類の細胞へ変化したり(分化転換)、分化を逆転させて受精卵に近い状態(未分化状態)に逆戻りしたりすること(初期化)は通常は起こらないとされている。
動物の体細胞で初期化を引き起こすには、未受精卵への核移植(クローン技術)や未分化性を促進する転写因子と呼ばれるタンパク質を作らせる遺伝子を細胞へ導入する(iPS細胞技術)など、細胞核の人為的な操作が必要になる。

一方、植物では、分化状態の固定は必ずしも非可逆的ではないことが知られている。分化したニンジンの細胞をバラバラにして成長因子を加えると、カルスという未分化な細胞の塊を自然と作り、それらは茎や根などを含めたニンジンのすべての構造を作る能力を獲得する。しかし、細胞が置かれている環境(細胞外環境)を変えるだけで未分化な細胞へ初期化することは、動物では起きないと一般に信じられてきた。
小保方研究ユニットリーダーを中心とする共同研究グループは、この通説に反して「特別な環境下では動物細胞でも自発的な初期化が起こりうる」という仮説を立て、その検証に挑んだ。

研究手法と成果
小保方研究ユニットリーダーは、まず、マウスのリンパ球を用いて、細胞外環境を変えることによる細胞の初期化への影響を解析した。
リンパ球にさまざまな化学物質の刺激や物理的な刺激を加えて、多能性細胞に特異的な遺伝子であるOct4の発現が誘導されるかを詳細に検討した。なお、解析の効率を上げるため、Oct4遺伝子の発現がオンになると緑色蛍光タンパク質「GFP」が発現して蛍光を発するように遺伝子操作したマウス(Oct4::GFPマウス)のリンパ球を使用した。

こうした検討過程で、小保方研究ユニットリーダーは、酸性の溶液で細胞を刺激することが有効なことを発見した。
リンパ球を30分間ほど酸性(pH5.7)の溶液に入れて培養してから、多能性細胞の維持・増殖に必要な増殖因子であるLIFを含む培養液で培養したところ、7日目に多数のOct4陽性の細胞が出現した。酸性溶液処理で多くの細胞が死滅し、7日目に生き残っていた細胞は、当初の約5分の1に減ったが、生存細胞のうち、3分の1から2分の1がOct4陽性だった。

ES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞などはサイズの小さい細胞だが、酸性溶液処理により生み出されたOct4陽性細胞はこれらの細胞よりさらに小さく、数十個が集合して凝集塊を作る性質を持っていた。

次にOct4陽性細胞が、分化したリンパ球が初期化されたことで生じたのか、それともサンプルに含まれていた極めて未分化な細胞が酸処理によって選択されたのかについて、詳細な検討を行った。
まず、Oct4陽性細胞の形成過程をライブイメージング法で解析したところ、酸性溶液処理を受けたリンパ球は2日後からOct4を発現し始め、反対に当初発現していたリンパ球の分化マーカー(CD45)が発現しなくなった。また、このときリンパ球は縮んで、直径5ミクロン前後の特徴的な小型の細胞に変化した。(YouTube:リンパ球初期化3日以内)

次に、リンパ球の特性を生かして、遺伝子解析によりOct4陽性細胞を生み出した「元の細胞」を検証した。リンパ球のうちT細胞は、いったん分化するとT細胞受容体遺伝子に特徴的な組み替えが起こる。これを検出することで、細胞がT細胞に分化したことがあるかどうかが分かる。この解析から、Oct4陽性細胞は、分化したT細胞から酸性溶液処理により生み出されたことが判明した。
これらのことから、酸性溶液処理により出現したOct4陽性細胞は、一度T細胞に分化した細胞が「初期化」された結果生じたものであることが分かった。

これらのOct4陽性細胞は、Oct4以外にも多能性細胞に特有の多くの遺伝子マーカー(Sox2、 SSEA1、Nanogなど)を発現した。また、DNAのメチル化状態もリンパ球型ではなく多能性細胞に特有の型に変化していることが確認された。

<Oct4陽性細胞が多様な体細胞へ分化>
産生されたOct4陽性細胞は、多様な体細胞へ分化する能力も持っていた。
分化培養やマウス生体への皮下移植により、外胚葉(神経細胞など)、中胚葉(筋肉細胞など)、内胚葉(腸管上皮など)の組織に分化することを確認した。さらに、マウス胚盤胞(着床前胚)に注入してマウスの仮親の子宮に戻すと、全身に注入細胞が寄与したキメラマウス(YouTube:100%キメラマウス_STAP細胞)を作成でき、そのマウスからはOct4陽性細胞由来の遺伝子を持つ次世代の子どもが生まれた。

これらの結果は、酸性溶液処理によってリンパ球から産生されたOct4陽性細胞が、生殖細胞を含む体のすべての細胞に分化する能力を持っていることを明確に示した。

小保方研究ユニットリーダーは、このような細胞外刺激による体細胞からの多能性細胞への初期化現象を刺激惹起性多能性獲得(Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency; STAPと略する)、生じた多能性細胞をSTAP細胞と名付けた。

続いて、この現象がリンパ球という特別な細胞だけで起きるのか、あるいは幅広い種類の細胞でも起きるのかについて検討した。
脳、皮膚、骨格筋、脂肪組織、骨髄、肺、肝臓、心筋などの組織の細胞をリンパ球と同様に酸性溶液で処理したところ、程度の差はあれ、いずれの組織の細胞からもOct4陽性のSTAP細胞が産生されることが分かった。
また、酸性溶液処理以外の強い刺激でもSTAPによる初期化が起こるかについても検討した。その結果、細胞に強いせん断力を加える物理的な刺激(細いガラス管の中に細胞を多数回通すなど)や細胞膜に穴をあけるストレプトリシンOという細胞毒素で処理する化学的な刺激など、強くしすぎると細胞を死滅させてしまうような刺激を少しだけ弱めて細胞に加えることで、STAPによる初期化を引き起こすことができることが分かった。

 STAP細胞は胚盤胞に注入することで効率よくキメラマウスの体細胞へと分化する。この研究の過程で、STAP細胞はマウスの胎児の組織になるだけではなく、その胎児を保護し栄養を供給する胎盤や卵黄膜などの胚外組織にも分化していることを発見した。
STAP細胞をFGF4という増殖因子を加えて数日間培養することで、胎盤への分化能がさらに強くなることも発見した。
一方、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞は、胚盤胞に注入してもキメラマウスの組織には分化しても、胎盤などの胚外組織にはほとんど分化しないことが知られている。このことは、STAP細胞が体細胞から初期化される際に、単にES細胞のような多能性細胞(胎児組織の形成能だけを有する)に脱分化するだけではなく、胎盤も形成できるさらに未分化な細胞になったことを示唆している。

STAP細胞はこのように細胞外からの刺激だけで初期化された未分化細胞で、幅広い細胞への分化能を有している。
一方で、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞とは異なり、試験管の中では、細胞分裂をして増殖することがほとんど起きない細胞で、大量に調製することが難しい面がある。

小保方研究ユニットリーダーらは、理研が開発した副腎皮質刺激ホルモンを含む多能性細胞用の特殊な培養液を用いることでSTAP細胞の増殖を促し、STAP細胞からES細胞と同様の高い増殖性(自己複製能)を有する細胞株を得る方法も確立した。
この細胞株は、増殖能以外の点でもES細胞に近い性質を有しており、キメラマウスの形成能などの多能性を示す一方、胎盤組織への分化能は失っていることが分かった。

今後の期待
今回の研究で、細胞外からの刺激だけで体細胞を未分化な細胞へと初期化させるSTAPを発見した。これは、これまでの細胞分化や動物発生に関する常識を覆すもの。STAP現象の発見は、細胞の分化制御に関する全く新しい原理の存在を明らかにするものであり、幅広い生物学・医学において、細胞分化の概念を大きく変革させることが考えられる。分化した体細胞は、これまで、運命付けされた分化状態が固定され、初期化することは自然には起き得ないと考えられてきた。しかし、STAPの発見は、体細胞の中に「分化した動物の体細胞にも、運命付けされた分化状態の記憶を消去して、多能性や胎盤形成能を有する未分化状態に回帰させるメカニズムが存在すること」、また「外部刺激による強い細胞ストレス下でそのスイッチが入ること」を明らかにし、細胞の初期化に関する新しい概念を生み出した。
また、今回の研究成果は、多様な幹細胞技術の開発に繋がることが期待される。それは単に遺伝子導入なしに多能性幹細胞が作成できるということに留まらない。
STAPは、全く新しい原理に基づくものであり、例えば、iPS細胞の樹立とは違い、STAPによる初期化は非常に迅速に起こる。
iPS細胞では、多能性細胞のコロニーの形成に2~3週間を要するが、STAPの場合、2日以内にOct4が発現し、3日目には複数の多能性マーカーが発現していることが確認されている。また、効率も非常に高く、生存細胞の3分の1~2分の1程度がSTAP細胞に変化している。
一方で、こうした効率の高さは、STAP細胞技術の一面を表しているにすぎない。共同研究グループは、STAPという新原理のさらなる解明を通して、これまでに存在しなかった画期的な細胞の操作技術の開発を目指す。
それは、「細胞の分化状態の記憶を自在に消去したり、書き換えたりする」ことを可能にする次世代の細胞操作技術であり、再生医学以外にも老化やがん、免疫などの幅広い研究に画期的な方法論を提供する。
さらに、今回の発見で明らかになった体細胞自身の持つ内在的な初期化メカニズムの存在は、試験管内のみならず、生体内でも細胞の若返りや分化の初期化などの転換ができる可能性をも示唆している。
理研の研究グループでは、STAP細胞技術のヒト細胞への適用を検討するとともに、STAPによる初期化メカニズムの原理解明を目指し、強力に研究を推進していく。

以上。
この研究は、日本発信で商売ができるようにしているのだろうか。税金により研究はなされており、日本に利益が落ちるシステムが絶対必要だろう。
今回の研究成果は、生物の起源にさかのぼった発想により成果が得られたようだ。