活水学院/原爆の歴史遺産である鎮西学院中学校を取り壊しの暴挙
長崎に原爆が投下された時爆心地近くにあった当時の中学校の建物が、老朽化のため来月から取り壊され、壁の一部が保存されることになった。
取り壊されるのは、長崎市の爆心地から500メートルのところにあった当時の鎮西学院中学校の建物。
被爆後、建物は別の学校法人の活水学院に売却され、昭和26年に1階と2階部分が補修され、中学校と高校の校舎として使われてきた。
校舎は老朽化が進んで耐震性に問題があることがわかったため、一昨年から取り壊しが検討されてきたが、長崎市では、一部を保存するよう学校側に要望していた。
この校舎について活水学院側は、来月下旬から取り壊す作業を始めることを決定したという。
現役で歴史を証明していた歴史遺産である元「鎮西学院中学校」を営利のために取り壊すのは、活水学院院長の野々村昇である。その名前は歴史に刻まれよう。
[ 2011年6月15日 ]

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