
被爆者は、いつから運動の道具になったのか
日本は、アジアでも有数の先進国である。
当然、日本の平和団体は、日本政府に直接意見を言える立場にあるはずだ。
ところが彼らは、現実の国際情勢、とりわけアジアの安全保障について、驚くほど口を閉ざしている。
第1回|平和団体は、誰のために沈黙しているのか

被爆者は、いつから運動の道具になったのか
日本は、アジアでも有数の先進国である。
当然、日本の平和団体は、日本政府に直接意見を言える立場にあるはずだ。
ところが彼らは、現実の国際情勢、とりわけアジアの安全保障について、驚くほど口を閉ざしている。
象徴的なのが台湾情勢だ。
中国による台湾侵略の可能性は、もはや仮定の話ではない。
それにもかかわらず、日本の平和団体は明確な意思表示を避け続けている。
それどころか、日本政府の発言に対して「刺激するな」「撤回せよ」と求める。
これは事実上、「台湾を見捨てろ」と言っているのと同義ではないか。
平和とは、沈黙することなのか。
それとも、強者の顔色をうかがうことなのか。
JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次