アイコン 長崎は、何を選ぼうとしているのか──この選挙の意味(連載⑦・最終回)

Posted:[ 2026年1月29日 ]

 

ここまで、県庁と市役所の距離、西九州新幹線の本質、佐賀との構図、国を動かすとは何か、そして元官僚不信について書いてきた。
一見、ばらばらに見える話題だが、実はすべて、同じ一点に収束している。
長崎は、自分たちの未来を自分たちで決めるのか。
それとも、決まらない理由に身を委ね続けるのか。
これが、この選挙の核心だと思う。



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現職知事が掲げる「実績100」。
それを否定するつもりはない。
県庁が積み上げてきた仕事の重みも、私は理解している。
だが、実績とは「積み上げるもの」であると同時に、次の方向を選び取るための土台でもある。
今、長崎は「次の一仕事」を選ばなければならない地点に来ている。
その一仕事は、単なる公共事業ではない。
単なる経済対策でもない。
長崎が、国の未来構想の中に居続けるかどうか。
その分岐点に関わる仕事だ。
だからこそ、県と市が同じ方向を向けるかどうかが、決定的に重要になる。
もし、平田研さんが知事になり、鈴木史朗市長と連携したとき、長崎は初めて、
「調整する側」から「構想する側」に立てる。

https://x.com/i/status/2016364378036277683

二人とも、**国土交通省**の論理を知っている。
だからこそ、
国に遠慮せず、国に依存せず、国に責任を取りに来させることができる。
これは、誰かを英雄視する話ではない。
「誰ならできるか」ではなく、**「誰なら責任を引き受けるか」**の問題だ。
この選挙は、安心を選ぶ選挙ではない。
過去を裁く選挙でもない。

https://x.com/i/status/2016348568198824085

覚悟を選ぶ選挙だ。
決まらない理由に寄り添うのか。
決めにいく覚悟を選ぶのか。
長崎は今、その選択を迫られている。
私は、長崎がもう一度、自分たちの未来を取り戻す側に立てると信じたい。
そのための選択肢として、私は長崎県知事には平田研さんが相応しいと思っています。
長崎県知事選挙、第51回衆議院議員選挙、県議補選。
若者よ君の未来は投票所にある。
長崎県民の皆さん、県民の未来は投票所にあります。
日本人よ、日本の未来は投票所にある。
2月8日、是非、投票に行きましょう。

JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次

 


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