アイコン 知事選から二日後、『大石は捨てた』とんでもない話が飛び込んできた。

Posted:[ 2026年2月16日 ]

平田けん
撮影(榧場勇太)2026年2月9日 12時28分(朝日新聞)

https://www.asahi.com/articles/ASV2911CYV29TOLB004M.html

まさに長崎県を南北に二分した知事選だった。
大石陣営が優勢だったのは、五島市、新上五島町、対馬市、壱岐市、松浦市、平戸市、佐世保市、西海市、波佐見町、川棚町、東彼杵町――計11市町。
一方、平田研陣営が制したのは、小値賀町、大村市、諫早市、島原市、南島原市、雲仙市、長与町、時津町、長崎市の9市町だった。
小値賀町は地理的には県北に属するが、平田研氏の父親の故郷という事情もあり、同町では平田氏が圧勝している。
加えて、小値賀町は故・北村誠吾氏の故郷でもある。北村誠吾後援会が動いた結果、佐世保地区では「大石・金子圧勝」と言われていた情勢を覆し、最終的に約9,000票差まで詰め寄った。これが今回、平田研氏が勝利をもぎ取った大きな要因の一つだろう。
ところが――である。

 



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森崎

知事選から二日後、とんでもない話が飛び込んできた。
あの選挙開票当日、テレビのインタビューで「我々は接戦に強い」と胸を張っていた、長崎県医師会の“ロシアン森崎”こと森崎正幸会長(大石賢吾後援会の後援会関係者)が、医師会関係者に対し、
「大石は捨てた」
と言ったとか、言わなかったとか。
なるほど、である。
医師会とは「理念」や「友情」で動く団体ではない。「風向き」と「利権」で動く団体である。
いや、正確に言えば**「勝ち馬」だけを見ている団体**である。
選挙前は「県政の安定」「医療との対話」「信頼関係」を語り、
選挙後は何事もなかったかのように「大石を捨て」次を見る。
昨日までの“同志”は、今日には「なかったこと」になる。
接戦に強いのではない。
負け戦から逃げるのが、異様に早いだけだ。
金の切れ目が縁の切れ目、というが、この場合は「利権の切れ目が縁の切れ目」である。
それもまた、ロシアン森崎が長年かけて磨き上げてきた**見事なまでの“人間芸”なのだろう。

 

 

JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次

 


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