アイコン ペルーのKEIKO

KEIKOペルーのフジモリ元大統領(実父母は熊本県出身)の娘であるKEIKO(33歳、国会議員)が、ペルーの大統領候補として人気を博している。
現政権は反フジモリ派であるが、KEIKOはフジモリ氏が大統領時代(1990-2000)、一緒に行動していたことから国内での知名度も高い。2005年6月彼女初となる国会議員選挙で貧困層のインディオ等に支持基盤を拡げトップ当選を果たしている。
 
フジモリ氏は、腐敗した左翼(=アメリカ革命人民同盟、後に富裕層と結託)政権から政権奪取して数々の政治改革・経済改革を行った点は評価されるが、長期政権末期には独裁化し、また政権内には汚職がはびこり、これが致命傷となり人気も衰え2000年国を追われた。日本に実質的に亡命、その後チリに渡ったがペルーに送還され逮捕。特別裁判では一部刑が確定、殺人罪や虐殺罪等は1審で25年の判決があり上告中。
KEIKOは「父は反対政権により不法逮捕された」と現政権と真っ向から対立するキャンペーンをはっている。 
再び、汚職の蔓延や経済が行き詰まりを見せるペルー、地方の貧困層から首都のリマにもKEIKO支持層が拡大している。インディオ(貧困層)×スペイン系(富裕層)の戦いでもある。
現ペルー政権は、アメリカ革命人民同盟のガルシア大統領が率いる左翼政権であるが、富裕層と結び付き貧困層を掌握し切れていないのが実情。多数を占める貧困層にKEIKO人気が上昇中である。
 
フジモリ政権の前政権は、南米のケネディといわれたガルシア政権である。1985年軍政から民生に移りガルシア氏が36歳の若さで大統領に就任。しかしガルシア大統領は経済立て直しに失敗、政権末期には右派政党とも組み汚職腐敗に巻き込まれた。そうしたガルシア氏に対しての不満が貧困層のインディオを中心に爆発、1990年の大統領選でフジモリ氏が圧勝した。その後フジモリ大統領は、汚職容疑でガルシア氏を追い、ガルシア氏は亡命生活を送った。そのガルシア氏が2006年返り咲き現在大統領に就いている。
 
フジモリ大統領当時、日本大使公邸人質事件(1997年4月)が発生した。当事件でフジモリ氏は、拘束したゲリラを、軍を使い処刑させたとした裁判も受けている。
    次期大統領選挙は2011年。
    ペルーのキーワード ⇒インカ帝國・インディオ・麻薬生産ギャング・ゲリラ・フジモリ・KEIKO
※日本財団、笹川陽平氏のブログ参照
 
KEIKOは、国会議員となった後も育児休暇を利用してコロンビア大学に復帰、MBAの資格もとっている。国家経営も勉強しなければ一国経営できない。万年ノーテンキなタレントまがいの輩が、誰かの人気にあやかり当選して議員ズラしているお国とは違う。
そうした国会発言もろくに出来ない国会議員が多すぎリストラすべし。半減すべし。
[ 2009年4月30日 ]
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