憚りながら
山口組元 直参『後藤組』の親分だった後藤忠政組長の『憚りながら』を読ませて頂いたが、面白くて一気に読んでしまった。
修羅場を生き抜いてきた侠の一言一言には覚悟が込められている。最近の政治家、特に民主党の鳩・菅に爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいぐらいの覚悟である。
池田大作さんや公明党・創価学会幹部の皆さんには頭が痛い「憚りながら」だろうが、今年、注目度ナンバーワンのノンフィクションである。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1243246517
確かに最近の暴力団への取締りや撲滅運動など病的にさえ感じるし、ちょっと行き過ぎじゃないだろうか。カタギの自宅に撃ち込んだり、弱い婦女子を暴行するようなハレンチな暴力団は大いに取り締まって欲しいが、警察が暴力団ばかりを目の仇にしている隙に、一般市民や不良外国人の犯罪が年々多発し凶悪化してきている。これからの日本の治安悪化が心配である。
特殊市民の私が言うのも何だけど、暴力団よりも性質の悪い一般市民の多いこと、多いこと。
11年間、日刊セイケイをやってきて感じてきたことだけど、暴力団よりも反社会的な政治家や一般市民が近年、確実に増加している。その分だけ日本の「侠」が少なくなったように感じている。口幅ったいが後藤 忠政氏は少なくなった侠の一人である。【長崎浪人;中山洋二】http://www.youtube.com/watch?v=Cr3k-orkrzQ
後藤 忠政 (ごとう ただまさ) プロフィール
東京市荏原区(東京都品川区の一部)に出生。本名・後藤忠正。元山口組後藤組組長。2歳で父の郷里・静岡県富士宮市に疎開して以降、同地で育つ。祖父・幸正(本名・幸太郎)は富士川発電(後に東京電力に吸収合併)や駿河銀行(現在のスルガ銀行)、駿豆鉄道(伊豆箱根鉄道の前身)などの創設に携わった。1984年四代目山口組直参。山一抗争を経て89年に五代目山口組直参、2002年同若頭補佐。05年六代目山口組の舎弟に直る。08年10月引退。09年4月8日神奈川県の無常山浄発願寺にて得度。得度名は忠叡。得度後、66年に静岡県清水市で発生した強盗殺人放火事件・袴田事件を題材とする劇場映画『BOX 袴田事件 命とは』(高橋伴明監督)を企画(2010年5月下旬公開予定)。同事件では元プロボクサー・袴田巌さんの死刑が確定したが、戦後最悪の冤罪として現在も再審請求が続いている。
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