アイコン 自公連立の限界ー「政教分離」を避けて通れない時代へ

Posted:[ 2025年10月10日 ]

カルト教祖

自公連立が発足してから26年。長く「安定政権の礎」とされてきたこの枠組みが、いま大きく揺らいでいる。表向きは「政治とカネ」の問題をめぐる対立だが、その根底にはより深い構造的な矛盾──宗教と政治の関係という、戦後日本が棚上げしてきた課題が横たわっている。

公明党は創価学会を母体とする政党である。戦後一貫して「清潔な政治」「福祉重視」を掲げてきたが、宗教団体が支持母体として選挙動員を担うという構図は、憲法が定める「政教分離原則」と常に緊張関係にあった。信者は“良かれ”と思って活動しているが、結果として宗教が政治を動かす構造を生んでいる。これは統一教会問題が明らかにした「宗教と政治の癒着」と根は同じだ。

 



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SNS上でも「連立解消」を求める声が目立つ。26年という年月は“失われた日本”の歩みとほぼ重なり、旧統一教会問題の整理が進む中で、「政教分離を進めるちょうどよい節目だ」と見る意見も多い。国民の意識はすでに、安定よりも刷新を求め始めている。

いま公明党は、自民党に対して政治資金規正法の改正を強く求め、「透明な政治」を訴えている。しかし、もし本気で政治の浄化を目指すなら、まず自らの宗教的基盤と政治活動の関係を明確に説明する必要があるだろう。宗教の自由は守られるべきだが、宗教的信条が政治判断に影響を及ぼす構造は、民主主義の健全性を損なう可能性がある。

一方の自民党も、裏金問題の火種を抱えたまま「再生」を唱えても説得力は乏しい。政治の信頼を回復するには、制度の修正だけでなく、政治家自身の倫理観と説明責任が問われる。

連立を続けるにせよ、解消するにせよ、いま問われているのは「権力の安定」ではなく「原則の政治」である。政教分離という憲法の理念を改めて社会全体で議論し直すことが、日本政治の成熟に向けた避けて通れない一歩となる。

日本の政治が真に「国民のため」に機能するか、それとも「組織と信仰のため」に閉じるか。自公関係の行方は、その岐路を映す鏡となっている。

 

 


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