朝7時。街はまだ眠っている。
だが、政治は夜が明けていない。

啓介は車を降りる。
冷えた空気が頬を刺す。
コートを閉じる余裕はない。
時間は衣服より優先される。
県内有力者の事務所。
表札は古いが、電話線と人脈は今も現役だ。
第7話:啓介、走る
朝7時。街はまだ眠っている。
だが、政治は夜が明けていない。

啓介は車を降りる。
冷えた空気が頬を刺す。
コートを閉じる余裕はない。
時間は衣服より優先される。
県内有力者の事務所。
表札は古いが、電話線と人脈は今も現役だ。

ドアをノック、待たない。許可は必要なく、
同席を拒まれない程度の存在で十分だ。
応接。テーブルの上には湯飲みだけ。
茶は出されていない。
もてなしの形が省略されるのは、関係が既に効率化されている証拠。
「静かですね」
啓介の言葉は情報の探索。
意見ではない。
相手はゆっくり眼鏡を外し、布で拭く。
沈黙が返答になる階層。
「噂が出るぞ」
声は枯れている。
感情が枯れたのではなく、
必要がないのだ。

啓介は頷く代わりに、手帳を閉じる。
「内容は把握しています」
「否定するか?」
「まだです」
「なぜだ」
啓介は短く答える。
「否定は話題を作ります。
無視は、理解を誘います」
老人は微かに笑う。
それは感心ではなく、
確認。
「若いのに、心が古い」
「年齢で戦うつもりはありません」
「戦うのか?」
「生きるだけです」
沈黙。
それは認可。
次の場所。
車内、通知が点灯。
“一本、揺れた”
名前は書かれていない。
書く必要はない。
察せる者だけが、受け取ればいい。
啓介はすぐに返信しない。
反応が早いほど、
計算が浅く見える世界がある。
信号待ち。
車の外を、通勤前の市民が歩く。
誰一人、この瞬間に政治が動いていることを知らない。
知らなくていい。
結果だけが触れる現実になる。
午前10時。
次の訪問先。
地方組織の会館。
表情のない受付、
静かな廊下。
部屋に入ると、書類を前に三人が待っている。
挨拶は簡潔。
礼は形式、力は実質。
「……状況は」
啓介が先に問う。
相手の言葉を待つのは、優しさではなく、遅延だ。
「確定ではない。
だが、“確定しない”という状況自体が……」
「こちらの余地になる」
「そうだ」
一拍。
「ただし、二つ条件がある」
啓介は手帳を開く。
「一つ。
表向きは静観。どちらにも寄らない」
「理解しています」
「二つ。結果が出た後、“判断が早かった”という体裁を用意してほしい」
啓介は即答しない。
三秒。
冷却のための時間。
「可能です」
「本当に?」
「体裁は真実ではありません。
構築するものです」
わずかに、相手の眉が動いた。
評価ではない。
計算の更新。
部屋を出て、
啓介は深く息を吸う。
肺に入った空気は冷たい。
だが、
呼吸は感情を与えない。
走る理由は理想ではない。
歩けば、追い抜かれるだけだ。
携帯が震えた。
また一件。
『ひとり戻る。午後確定』
啓介は短く返信。
了承
その二文字に、感謝も歓喜もない。
勝利はまだ遠い。熱は不要。
11月30日の大石賢吾総決起大会まで、ただ、進む。
JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次