11月4日、午後4時。
駅にほど近い、老舗ホテルNのロビー。
秋の光は弱く、窓辺の植物もどこか人疲れした色をしていた。
黒いコートの男がひとり——
“県護”と呼ばれる男だ。
落ち着いた表情に見えたが、その指先にはわずかな震えが宿っていた。
「……来てくれたか」
第1話:夕暮れのホテルN
Posted:[ 2025年11月 7日 ]
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その声に、ゆっくりと姿を現したもうひとりの影。
県内政界の影法師、“幻治郎”。
年輪と策と、幾度の冬を生き抜いた男。
「負けたからといって、終わったとは限らん」
「……分かっています」
カップが静かに置かれる音。
コーヒーの香りは、妙に遠く感じられた。
「票は動く。人の心もだ」
「しかし——」
幻治郎は薄く笑い、窓の外を指で示した。
街を歩く人影。
小さな雨の粒が、光にかすんで見える。
「見ろ。風はまだ決まっておらん」
「……もう一度、流れを作ると?」
「流れは作るものではない」
「では?」
「掴むのだ。落ちてくる瞬間をな」
ロビーの時計が、午後4時半を告げた。
その音は、まるで合図のように響いた。
二人の視線が交錯する。
政は静かに、動き始める。
JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次