投稿者=私は60代の一長崎県民です。
私は60代の一長崎県民です。
そして、毎日のようにJCNETを読んでいます。
もはや新聞というより、「県政の体温計」を確認する作業に近いかもしれません。
2月8日の長崎県知事選。
今回ほど「これは冗談では済まないな」と思っている選挙は、正直ありません。
私は60代の一長崎県民です。投稿者=私は60代の一長崎県民です。
私は60代の一長崎県民です。
そして、毎日のようにJCNETを読んでいます。
もはや新聞というより、「県政の体温計」を確認する作業に近いかもしれません。
2月8日の長崎県知事選。
今回ほど「これは冗談では済まないな」と思っている選挙は、正直ありません。
これまでの長崎県知事には、評価は分かれても
「功績」「爪痕」「名前が残る仕事」
そういったものが、良くも悪くもありました。
ところが、現知事――**大石賢吾**の4年間を振り返ってみると、
思い浮かぶのは「何をしていたんだろう?」という疑問だけです。
実績がない。ビジョンもない。
県民に夢を語るアドバルーンも上がらない。
残ったのは、大石賢吾の『政治とカネ』の問題と時間だけが過ぎた4年間でした。
選挙が近づくと、急にダムの話が出てきて、「地域住民に説明しました」「丁寧に対応しています」というパフォーマンス記事が並びます。
――なるほど。
では、そのダムで長崎はどこへ向かうのか。
産業は育つのか。
若者は残るのか。
県外から人も金も呼び込めるのか。
残念ながら、その先の話を、私は一度も聞いたことがありません。
知事というのは、本来「県の未来を語るリーダー」だと思っていました。
ところが現知事の場合、聞こえてくるのは「説明しました」「理解を求めました」
「調整しています」
……で、結局どうするの?
と、毎回ここで話が止まる。
先月のJCNETには、産業界の声として「要望を聞き入れないため、彼が知事でいる限り物事が進まない」という、実に率直な評価が載っていました。
私はこれを読んで、「ああ、やっぱり現場はそう感じているんだな」と、妙に納得してしまいました。
トップが動かない。話を聞かない。方向を示さない。
それでいて、「丁寧に説明」はする。
まるでエンジンを切ったまま、ハンドルだけ回している車のようです。
そんな停滞した4年間の“再放送”を、長崎県はもう一度、見せられなければならないのでしょうか。
私は、はっきり言ってNOです。
今回、**平田研**という候補予定者が出てきました。
正直、万能の救世主だとは思っていません。
しかし少なくとも、「何も起きない県政」から
「何かが起きるかもしれない県政」への選択肢は示されました。
変わらない安心より、変わるかもしれない不安。
今の長崎に必要なのは、間違いなく後者だと思います。
告示日は1月22日。
投票日は2月8日。
もう「様子見」している時間はありません。
このまま何も言わず、何もせず、
「気づいたらまた4年経っていた」
そんな県政を、次の世代に渡すわけにはいかない。
私は一県民として、この知事選を「静かな選挙」にするつもりはありません。
長崎がこのまま止まるのか、それとも動き出すのか。
その分かれ道に、私たちは立たされています。
――少なくとも私は、
止まったままの県政に、もう一度拍手を送る気はありません。
JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次