アイコン 2月27日、大石知事の退任式が行われた。

Posted:[ 2026年2月28日 ]

 

大石知事・4年の県政を振り返る「感謝と悔しさ」。
退任式で語られたこの言葉は、4年間の県政そのものを端的に表していた。
ただし、その“悔しさ”が誰のためのものだったのかは、最後まで曖昧なままだった。
4年前、コロナ過で史上まれにみる541票差で当選した。
コロナ禍、保守分裂、「全国最年少知事」でもあった。
物語としては、これ以上ない“シンデレラのような主人公設定”だった。



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「世代交代」「変化」「チャレンジ」。
耳触りのいい言葉は、就任当初から何度も繰り返された。
だが4年経った今、県民が胸を張って言えるだろうか。
「長崎は、確かに変わった」と。
医療費助成の拡充、スタートアップ支援、企業誘致、ドローン特区。
個別に見れば、評価できる取り組みはある。
ただし、それらは点であって、線にも面にもなりきれなかった。
国際線の拡充も、IRも、新幹線フル規格も、「前に進めようとした努力」は否定しない。

しかし結果はどうだったか。
• IRは国に不認定
• 新幹線は道筋すら見えないまま
• 県北振興の切り札は空振り
県民が求めていたのは、「頑張ってます」という説明ではない。
結果としての展望だったはずだ。

石木ダム――最も象徴的な「対話の不在」
この4年間を語るうえで、石木ダムを避けることはできない。
「反対住民と向き合った」と言うが、その結末は強制収用・強行着工・7年延期である。
対話とは、相手が折れるまで続ける作業ではない。
溝が埋まらなかったのではない。
最初から、埋める気がなかったのではないか。
“変革派”を名乗りながら、最後に頼ったのが金子原二郎政治という最も古い行政手法だった。
これほど皮肉な話はない。

政治資金問題が奪ったもの
「不正な金銭は一切ない」。
その説明を繰り返す姿は、確かに苦しそうだった。
だが問題の本質は、違法かどうか以前に、説明責任への感度の低さにあったのではないか。
政治資金の対応に追われ、「やりたかった政策が進められなかった」と言う。
それは事実かもしれない。
だが県民から見れば、
自ら招いた足かせでもあった。
「伝わらなかった」のではない
「届く形にできなかった」のだ。
「前に進んでいることがマスクされたのが悔しい」。
この言葉に、この県政の限界が凝縮されている。
伝わらなかったのではない。
伝わる形で示せなかったのだ。
理念はあった。熱意もあった。
しかし政治は、思いの強さを競う場ではない。
結果と納得を積み上げる仕事だ。
次の県政へ――期待を込めて、厳しく
大石知事の4年間は、「変えたいと願った県政」だった。
だが同時に、「変えきれなかった県政」でもあった。

バトンは、平田研新知事に渡る。
求めたいのは、ヒーロー像ではない。
派手さよりも、合意形成と現実解である。
長崎県は、もう“実験”を待てる時間は多くない。
大石知事、4年間お疲れさまでした。
そして県民としては、こう言わせてもらう。
次は、「変えたい」ではなく「変わった」と言える県政を。

JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次

 


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