「認識不足」で済むなら、県政に監査はいらない。

また出ました。長崎県お得意の魔法の言葉、「認識不足でした」。
便利ですねえ。工事発注で疑問が出ても、説明が苦しくなっても、議会で突っ込まれても、最後はこの一言で終わらす。
「認識不足でした」いやいや。
浦上ダム貯水池掘削入札、県が陳謝。
「認識不足」で済むなら、県政に監査はいらない。

また出ました。長崎県お得意の魔法の言葉、「認識不足でした」。
便利ですねえ。工事発注で疑問が出ても、説明が苦しくなっても、議会で突っ込まれても、最後はこの一言で終わらす。
「認識不足でした」いやいや。
県民から見れば、それは単なる認識不足ではない。
むしろ、最初から『認識したうえで』進めた可能性も否定できないのではないか。
そう疑われても仕方がない話である。
今回問題になっているのは、浦上ダムの貯水池掘削工事だ。

総額は18億円と大きく、工区を分けて機会均等を図る選択肢もあったはずである。
ところが結果として、特定の企業体に受注が集中した。
しかも、その構成企業の関係性や、当時の政治的背景を見れば、県民が「これは本当に公平な入札だったのか」と疑問を持つのは当然である。
入札制度は、形式だけ整っていればよいものではない。
大事なのは、県民から見て公平であること。
そして、特定の業者や政治関係者に有利な構図になっていないと、県がきちんと説明できることである。
しかし今回、県の説明はあまりにも軽い。
「認識不足でした」その一言で終わらせようとしている。
それで済むなら、県政に監査はいらない。
議会もいらない。
県民の税金を使う公共工事に、説明責任など存在しないことになる。
JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次