≪第4弾≫(株)五島商会をめぐる『海砂の迷宮』

産地偽装疑惑の先に見える「行政チェック機能の空洞化」
海砂をめぐる問題は、単なる業者間トラブルではない。
もし仮に、他県産の海砂が「県産」として扱われていた疑いがあるのなら、これは一企業の信用問題にとどまらない。
公共工事の積算、地元業者保護、地産地消の理念、そして税金の使われ方そのものに関わる重大な問題である。

にもかかわらず、長崎県側から聞こえてくるのは、あまりにも頼りない言葉だ。
「罰則はない」
この一言で片づけてよい話なのか。
罰則がないから問題がないのではない。
罰則がないからこそ、問題はより深刻なのである。
「制度の穴」を誰が知っていたのか
ここで問われるべきは、産地偽装疑惑そのものだけではない。
本当に問題なのは、その『抜け穴』を誰が知り、誰が利用し、誰が見逃してきたのかという点である。
海砂の産地確認は、どこまで厳密に行われていたのか。
搬入記録、船舶の動き、採取場所、納入先、請求書、契約書類、これらは本当に整合しているのか。
もし書類上だけで「県産」とされていたのなら、行政のチェックは何を見ていたのか。
もし現場では疑義が出ていたのに、形式的な書類だけで通っていたのなら、それは制度ではなく『儀式』である。
ハンコを押すための確認、責任を取らないための確認、誰も深く見ないための確認。
そんなものに、公共性などあるのか。

真面目な業者がバカを見る構造
長崎県内には、ルールを守り、手間をかけ、正規の手続きで事業を続けている業者もいるはずだ。
ところが、もし一部の業者が産地表示のあいまいさを利用し、実態と異なる形で利益を得ていた疑いがあるのなら、これは市場の公平性を壊す行為である。
正直者が損をする、抜け道を知る者が得をする、行政は「罰則がない」と言って腰を引く。
この構図こそが、地域経済を腐らせる。
地産地消とは、本来、地域の資源を地域のために使い、地元業者を守り、地域の経済循環をつくるための理念である。
だが、その看板の裏で、実態不明の砂が流通していた疑いがあるなら、それは地産地消ではない。
『地産地消風ビジネス』である。

五島商会だけで終わる話なのか
今回、名前が取り沙汰されている(株)五島商会。
しかし、この問題を一社だけの問題として閉じてしまえば、肝心な構造は見えなくなる。
砂を採る者、砂を運ぶ者、またその砂を買う者、砂を使う者。
その書類を確認する者、発注する者、見て見ぬふりをする者。
この一連の流れの中で、誰がどこまで知っていたのか。
仮に疑惑が事実であれば、これは単なる「産地の書き間違い」では済まない。
公共工事の根幹に関わる信頼の問題である。
県産として扱われた砂は、本当に県産だったのか。
その証明は誰が行ったのか、県はどこまで確認したのか。
そして、疑義が出たあと、なぜ踏み込んだ調査に見えない対応になっているのか。
疑問は尽きないし、長崎県の海砂行政の闇は深まるばかりである。
JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次





