アイコン 【龍馬伝説】創作といわれていた剣術大会実在か 桂小五郎に敗れた史料発見

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龍馬がゆく、おーい龍馬、etcetc・・・

龍馬を扱った小説やマンガで必ず入るのが、土佐藩で開かれた剣術大会。

一時期これは創作であり、龍馬は強くもなく優勝していなかったといわれているのが定説だった。

それが前橋市の群馬県立文書館に保管されていた史料が発見され、覆される可能性が出てきたようだ。

ただし、剣術大会が土佐藩邸であったが、龍馬は2対3で桂小五郎に負けたというもの。

史料は、折り畳んだ縦約16センチ、横約1メートルの和紙。

冒頭に「安政四三月朔日 松平土佐守様上屋敷ニ而御覧」と記載され、龍馬らに加え、著名な剣客だった斎藤弥九郎(2代目)や石山孫六、海保帆平ら計43人が、一対一で戦った22試合の結果を毛筆で縦書きに記している。

龍馬ファンは当然だが、歴史マニアとしても新しい人物の登場に涎がたれようというもの。

ただ龍馬ファンとしては、大会は実在したが桂小五郎に負けているので、痛しかゆしか。

以前も目録等が発見され、龍馬の剣術の腕前に疑問符がつけられていたものがまた逆転、剣術家としての龍馬として再認識されている。

「坂本龍馬は剣豪ではない説」破綻/龍馬は北辰一刀流の免許皆伝の剣豪だった

ただ、なぜ大会の存在を山内家が記述しなかったのかが疑問だが、やはり上士としては、郷士である龍馬が活躍し、長州藩の桂が優勝したため、記述しなかったのだろうか?

 

坂本龍馬




 

[ 2017年10月30日 ]
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