アイコン 「23日後の佐賀県庁」― また同じ日、しかし中身は違う

Posted:[ 2026年3月26日 ]

https://news.yahoo.co.jp/articles/0aa98baa631b4cb2acee9e7d8a2ba1cd863252e

2026年3月25日夕方。
長崎県の平田知事が佐賀県庁を訪れ、佐賀県の山口知事に就任挨拶を行った。
就任から23日後の初会談。
実はこの「23日後」という数字、偶然ではあるが、私は少し引っかかった。
というのも、4年前――2022年3月23日。
大石賢吾知事が就任してから約23日後、同じように佐賀県庁を訪れ、山口知事と初会談を行っている。

 



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あの初会談から4年、何が進んだのか
あれから4年。
冷静に振り返ってみると、この4年間で何が進んだのか。
正直に言えば、一ミリも前に進んでいないと言われても反論は難しい状況だ。
むしろ、佐賀空港ルートが浮上したことで、長崎県にとっては「前進」どころか「振り出しに戻った」どころか、「スタート地点が遠くなった」とすら言える。
大石県政の4年間は一体何だったのか、という思いを持つ県民は少なくないと思う。
なぜ進まなかったのか
これは個人の好き嫌いではなく、単純に「交渉の構図」の問題だったと思う。
佐賀県の山口知事は総務省出身。
県の総務部長も経験し、財政・制度・法律、いわゆる「行政のプロ中のプロ」。
一方、大石知事は医師出身で、行政経験はゼロからのスタートだった。
交渉事というのは、理想や思いだけでは進まない。
財源、制度、整備方式、費用負担、法律、スキーム、そういう「制度設計の世界」の話になる。
そうなると、どうしても交渉は
佐賀県:制度・財政のロジック
長崎県:政治・要望のロジック
という構図になり、議論が噛み合わなくなっていったのではないか、と言われている。
さらに言えば、大石県政の背後には、事実上の「裏知事」とも言われた金子原二郎氏の存在があり、山口知事と金子氏は、昔から決して関係が良好だったわけではない、という話も聞こえてくる。
もしそれが事実なら、表に出ている会談とは別のところで、難しい人間関係の問題もあったのかもしれない。
そして2026年、構図が変わった
今回、一番大きく変わったのはここだと思う。
平田知事(官僚系・国の制度に詳しい) 山口知事(総務省官僚)
つまり今回初めて、「官僚タイプの知事」同士のトップ会談 になった。
これは実はかなり大きい。
政治の世界ではよく言われるが、物事が本当に動くのは、
• 感情でも
• 世論でも
• パフォーマンスでもなく
制度と財源とスキームが噛み合った時 である。
その話ができる人同士でないと、現実は動かない。
山口知事の言葉の意味
今回の会談後、山口知事は
「まずは信頼関係を築きたい」
「幅広く議論したい」
「新たな選択肢も含めて検討」
といった趣旨の発言をしている。
これは非常に“役人らしい言い方”で、裏を返せばこういう意味にも聞こえる。
「これまでの4年間とは違う関係を作りたい」
私はこの言葉を聞いて、「ああ、今日からまた新しい交渉が始まるんだな」
と感じた。
2022年がスタートではなく、
2026年3月25日が、本当のスタートになるのかもしれない。
4年間が無駄だったのか
これは難しいところだ。
西九州新幹線は開業した。
武雄温泉〜長崎は走っている。
これは事実だし、これは中村県政での大きな成果だった。
しかし一方で、「佐賀をどう通すか」という問題は、大石県政では何も決まらないまま4年が過ぎたのも事実。
だから歴史的に見れば、この新幹線問題はこう整理されるのかもしれない。
中村県政で長崎~武雄間を開通させた。
大石県政で武雄~新鳥栖間のルートが佐賀空港経由に変更されようとした。
そういう意味で昨日の平田知事、山口知事の初会談は後から振り返った時に「歴史の分岐点だった会談」

もしそうなるなら、昨日の会談は、後から振り返った時に
「歴史の分岐点だった会談」と言われる可能性もある。
少なくとも私は、昨日のニュースを見て、「また挨拶か」ではなく、
「ここからやっと交渉が始まるのかもしれない」と感じた。
長崎と佐賀。
近くて遠い二つの県の、新しい一歩が始まった日だったのかもしれない。

JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次

 


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