~食の安全保障を支える“次世代の担い手”とは~
「農業はもう、年配者のものじゃない」──そんな意識変化が、日本の農村や産地の現場で静かに広がり始めている。長らく高齢化と担い手不足が課題とされてきた日本農業だが、近年、若者の新規就農や企業の農業参入によって、新たな活力が生まれつつある。そして今、その動きは“産業振興”という枠を超え、「食の安全保障」という国家的な戦略課題にも直結している。
■ 若者が“選ぶ”農業へ
日本の農業従事者の平均年齢は67歳を超え、高齢化が深刻だ。しかし最近では、スマート農業の進展や地域支援制度の充実などを背景に、20~30代の若者が新たに農業に挑戦する例も増えてきた。
ドローンやAI、IoTを活用したスマート農業は、もはや一部の先進事例ではなく、現場レベルでも現実的な選択肢になってきている。こうしたテクノロジーとの融合により、「土を耕す」だけでない、知的で創造的な仕事として農業を見る若者が増加。SNSを通じて自身の農業ライフを発信するインフルエンサーの登場も、従来の“3K(きつい・汚い・稼げない)”のイメージを払拭しつつある。
また、自治体やJA、農業法人が提供する研修制度や就農支援金の存在も、新規参入の心理的・経済的ハードルを下げている。農業は「継ぐもの」から「自ら選ぶキャリア」へと、その位置づけが変わりつつある。
■ 企業の参入は万能ではない──失敗が示す“農の壁”
若者の農業参入を後押しする存在として「企業参入」に期待が集まってきた。確かに、企業が関わることで農業に雇用が生まれ、給与制度やキャリアパスといった働き方の選択肢は広がる。しかし現実には、企業の農業事業はむしろ“撤退続きというのが実態だ。
大手ITや小売、外食、旅行業まで、さまざまな業種が農業に挑んだが、長期的に事業を続けられた企業はわずか。たとえばオムロンは北海道でのトマト栽培事業から撤退、ユニクロが手がけた契約農業モデルも短期間で終了した。NTTドコモが買収した「らでぃっしゅぼーや」は6年で売却され、59億円の損失を計上。吉野家、大戸屋、HISなどもそれぞれ農業関連事業から相次いで手を引いた。
こうした失敗は、農業の現場特有の天候依存性や長期視点、販路構築の難しさ、そして“土地や地域との関係構築”という時間のかかるプロセスを軽視した結果とも言える。資本と技術だけでは、農業は動かない。むしろ、農業は人と土地との継続的な関係性の上に成り立つ産業であることが浮き彫りになっている。
もちろん、一部には成功例もある。たとえばオイシックス・ラ・大地は、宅配と連動した有機農業支援を強みとし、農家との信頼関係を築いたうえで、テクノロジーやブランド展開を進めている。こうした“農業側に深く根ざすモデル”こそが、企業の参入における現実解なのかもしれない。
■ 農業=国家戦略の根幹に
ウクライナ危機や中東不安、気候変動、国際的な食料争奪戦の激化により、世界の食料供給はますます不安定になっている。そのなかで、日本の食料自給率(カロリーベース)はわずか38%と、先進国でも最低水準だ。
この数値が示すのは、もはや「農業が衰退すれば、日本の食卓が危うくなる」という現実である。特に問題なのは、“作り手”の不足だ。若者が農業に入らなければ、どれだけ農地や技術があっても、食の供給体制は維持できない。
ゆえに今、農業は「地域経済の問題」ではなく「国家の安全保障」として捉えるべき段階に来ている。若者の育成、企業の参入促進、地域との連携──これらを総動員して、「誰が食料を作るのか」に正面から向き合う必要がある。
■ 都市と農村、若者と農業がつながる時代へ
都市と農村の距離も変化している。屋内型植物工場やベランダ菜園、都市部の屋上農園など、都市における“農”の可能性も広がっている。
さらに、リモートワーク時代の進展により、「週の半分は都市、もう半分は地方で農業に関わる」といった柔軟なライフスタイルも現実的になった。兼業農家や“半農半X”といったスタイルが社会的に受け入れられれば、農業はさらに多くの若者にとって“自分の選択肢”になるだろう。
■ 結語:農業の再定義が未来を守る
今、日本の農業は大きな転換点にある。若者が夢を描ける農業、企業が利益を見込める農業、そして国家が命綱として機能させる農業。こうした再定義を実現するためには、社会全体の意識転換と政策的な後押しが欠かせない。
農業は、もはや“過去の産業”ではない。気候危機と地政学リスクの時代において、最も未来的な産業──それが、農業なのだ。

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