アイコン 長崎 南山手のマリア園がリゾートホテルに 築百年大改造か?

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森トラストは7月31日、長崎市の伝統的建造物群保存地区にある築100年以上の歴史的な西洋風建築物「マノア園」(長崎市南山手町12-17)を取得したと発表した。
今後、リゾートホテルの運営会社を誘致する。森トラストとしては、九州で初の事業展開となる。

長崎は、観光客の増加が見込まれ、富裕層をターゲットに十分な利用が見込めると判断した。
森トラストの伊達社長は、2022年のホテル開業を目指すとした上で「長崎は世界中から人々が来る観光資源の宝がある。(長崎や周辺地域の)創生に役立ちたい」と述べた。
(世界遺産・隠れキリシタンの地の巡礼の旅などができる。「マリア園」の眼下では超大型クルーズ船が頻繁に来航する)

開発するのは長崎市南山手町の「マリア園」で、グラバー邸、国宝の大浦天主堂などある南山手の国の重要伝統的建造物群保存地区にある。そのため、解体してのまったく新しい建築物はできない。外観を残し、高級ホテル並みの大幅な建物内の大改装が施されるものと見られる。(売却に先立ち、老朽化・耐震化の問題もあったかもしれない)

 大浦天主堂は、明治時代になり、初めて隠れキリシタンが訪れ、その存在が明らかにされた教会、昭和に至るまで辺境の島々の各地で隠れキリシタンの信者が見つかった。

<マリア園の由来>FAY FAKE PHOTOGRAPHYより
フランス人のための教会としてパリ外国宣教会が1865(元治2年)大浦天主堂(国宝)が建立された。明治時代になり、日本に孤児が多く、フランスに本部を持つ「ショファイユの幼きイエズス修道会」から4人のシスターが来日、子ども達の養護施設を神戸、大阪、長崎など5ヶ所に「センタンファンス」(=養護施設)を開設、修道会の日本管区本部も長崎市に移る運びとなった機会に養護施設も新築の修道院「幼きイエズス修道会・清心修道会」へ引っ越した。1898年(明治31年)、大浦天主堂と同じ南山手町に完成した館は、美しい赤レンガ造りの3階建てで延床面積700坪。先に別の場所で開校していた女学校から聖堂も移されてシスターと子どもたちが暮らし、祈る場となった。

1945年、第二次世界大戦の終わる6日前、長崎原爆が投下されショファイユの幼きイエズス修道会も、他の修道会と同じく物心両面の大ダメージを受けたが、日本管区本部を兵庫県宝塚市仁川に移しながら再興を果たし、現在では、病院や老人ホーム、児童養護施設などの社会福祉法人、幼稚園から短大までの学校法人を支援する規模の組織に発展している。

マリア園は、戦時中は軍部に占拠された時期もあったが、戦後戦災孤児を迎えてシスターたちは活動を再開した。
そのころ(1946年)から「マリア園」と呼ばれるようになったという。
児童養護施設「マリア園」は、社会福祉法人聖嬰会が運営していた。

しかし、なぜかしら、2007年春、マリア園の経営が、福岡県朝倉市などで保育園や保育所など4つの施設を運営する社会福祉法人「うら梅の郷福祉会」に譲渡され、定員75名を引き継がれた。

そして、社会福祉法人「うら梅の郷福祉会」は、児童養護施設の運営を放棄し、森ビルに売り飛ばしたようだ。今回の売買と開発は幼きイエズス修道会の認可を得ているのだろうか。
ただ、森ビルが購入したことだけは救われる。期待したい。

<↓ 元修道院の「」マリア園」 延建坪700坪>
<↓ 元修道院の「」マリア園」 延建坪700坪>


↓ マリア園内にある聖堂
 ↓ マリア園内にある聖堂

 

[ 2017年8月 1日 ]
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