信仰を政治の道具にしたツケ 公明党が抱える構造的矛盾
公明党がついに連立を離脱した。「政治とカネの問題に耐えられない」という大義名分を掲げているが、裏金問題など昨年から何度もあった話だ。なぜ今か。タイミングを見れば明らかだ――自民党総裁が高市早苗氏になったからだ。
かつて「自民党の下駄の雪」とまで言われた公明党。自民党が滑ろうが転ぼうが、靴底にしがみついて離れなかったはずの彼らが、急に“清廉”を理由に離れるのはどうにも不自然だ。実際は「麻生・高市ライン」による冷遇と、国交省ポストの喪失が引き金だというのが永田町の共通認識だ。
それでも「政治とカネ」に言及するのだから、聞いている側としてはツッコミどころ満載だ。
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なにしろ、公明党の母体である創価学会は、信仰団体でありながら長年にわたり政治活動を続けてきた。憲法20条の「政教分離」を盾に「国家権力ではない」と言い張るが、現実には与党として権力の中枢にいた。
選挙になれば信者総動員、電話とチラシの波。あれを「宗教ではなく市民活動」と言い張るのは、もはや信仰ではなく政治技術だろう。
結局、政教分離を語る資格があるのは、信仰と権力の距離を本気で取れる人間だけだ。
公明党がいくら「正義」を語っても、信者票を背景に政治を動かしてきた現実がある限り、その言葉は軽い。
「政治とカネ」の前に問うべきは、「宗教と政治」の関係なのではないか。
それを誤魔化したままでは、どんな連立も、いずれ信仰よりも利権で崩れるだけだ。

[ 2025年10月14日 ]
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