アイコン ≪梅本けいすけタイムス≫「長崎は、港に合わせて駅を動かした町」だった。


梅本

明治38年4月5日。
長崎は、港とつながるために浦上にあった長崎駅を現在の場所に動かした。
それほどまでに、この街は港で生きてきたのである。
港とともに発展し、港とともに暮らしてきた街です。

 

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長崎港

しかし今どうでしょうか。
長崎港の海底には、旧軍需工場由来の汚染物質が残されている可能性がある。
にもかかわらず――
ツーバース化?
大型船誘致?
港の開発?
順番が違うでしょう。
なぜ、海をきれいにする話が先に出てこないのか。
なぜ、汚染の調査や浄化を先にやらないのか。
誰のための港なのか。
かつて長崎は、港のために駅を動かした。
ならば今は、港の責任を果たす番である。
見て見ぬふりは、もうやめるべきです。
国の責任で、長崎港を「泳げる海」に。

ねずみ島

それが、港で生きてきた街への最低限の責任ではないでしょうか。
#長崎 #長崎県 #長崎市 #長崎港 #環境問題 #税金の使い道 #日本

長崎市議会議員 梅本けいすけ

[ 2026年4月 6日 ]
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