第8話:沈黙の会合はホテルニュー長崎で始まった。
駅の側のホテル。
幻次郎が支配する老舗のホテル。
看板は必要ない。
存在自体が情報になるものは、形を持たない方が良い。
曇天。
電車の音が遠くでかすかに揺れる。
揺れは不安ではない。
力が動き、均衡が再計算されている証である。
ホテルの室内。
長机。
椅子が六脚。
座る男たちの顔に、表情はない。
政治は表情を持たない。
表情が必要なのは、表舞台だけだ。
幻次郎は誰の名前も呼ばない。
名はここでは、データにすぎない。
配られた紙。
それも中身はない。
白紙が眩しい。
内容はすでに共有されている。
紙は儀式だ。
決断は事前に終わっている。
今日は、確認だけだ。
一人が喉を鳴らす。
発言ではない。
気配の打刻である。
「……落ちた分、拾った」
声は低い。
温度ゼロ。
別の声が室内に響く。
「数字は」
「見せない。
見せれば、揺れる」
透明性は理想の言葉だ。
現実では、不確定性が武器になる。
沈黙。
机の木目の線が、時間を刻むように静かだ。
「噂は浸透した」
「否定は?」
「する必要はない。
反論は“当事者”の行為だ。
我々は当事者ではない」
一人がわずかに頷く。
頷きは賛成ではなく、
抵抗が無いという意思表示。
「……反発の火種だけが燻る」
「少ない。
黙らせる必要はない。
黙らなくなるまで、“見ない”だけでいい」
抑圧とは行動ではない。
無視と放置が均衡を壊す。

啓介の声が落ちる。
「県護は動いた」
「動ける量は?」
「十分ではない。
しかし、見せ方は十分だ」

「盛ってあるな」
「政治は盛り付けだ。
実態は後付けでいい」
短い沈黙が支配する。
そして最後の声が響く。

「決めるか」
一拍の間が支配する。
「決めてある」
「では……確認する」
その瞬間、
部屋の空気がわずかに軋んだ。
決定は声でなされない。
声は証拠になる。
沈黙は権力だ。
一人が立ち上がる。
それだけで会合は終わった。
誰も握手しない。
誰も礼を言わない。
誰も視線を交わさない。
ドアが開く。
外気が流れ込む。
冷たい。
しかし、寒さではない。
熱を排した意思の温度だ。
外に出る。
曇天。
港は静かだ。
その静けさは、平穏ではない。
嵐ではない。
11月30日、結果前夜の無風が支配する。

JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次





