第3回・大石知事に捧ぐ公開質問状

さらに突っ込んだ追及編:その沈黙と回避の先に、何があるのですか?
大石知事、前回に続き、今回も公開質問状をお届けします。
なぜこんなにも質問が増えるのか。
それは、大石知事の回答が 「薄い」 のではなく、「そもそも答えていない」 からです。
説明会での対応を拝見するほど、疑問は増えるのに答えは増えない。
このアンバランスが、もはや危険域に突入しています。
では早速、本題に入りましょう。
【質問1】“論議の必要なし”という姿勢、民主主義の放棄では?
大石知事は繰り返します。
「必要性は今さら論議する段階ではない」
この言葉、行政のトップとして非常に重大な宣言です。
つまり知事は、
• 論議より先に結論がある
• 結論ありきの政策運営をする
• 市民の疑問は“処理済み”として扱う
という姿勢を明確に示したことになります。
そこで伺います。
民主主義とは“議論→判断”というプロセスが基本ですが、
大石知事は“判断→議論不要”という手法を採用するおつもりですか?
もしそうであれば、これは政治姿勢というより 統治の思想そのものの問題 です。

【質問2】「説明」と「誘導」を混同していませんか?
説明会での知事の姿勢は、説明というより“結論への誘導”に見えました。
・住民の疑問には答えない
・「必要性は確定済み」で押し通す
・移転を前提に話を進める
これは説明ではなく、
「行政が決めた筋書きに従ってください」という宣告です。
説明とは、相手が理解できる材料を示すこと。
誘導とは、相手を理解させたフリに追い込むこと。
大石知事、伺います。
あなたがいまやっているのは説明ですか?
それとも “理解したことにするための誘導” ですか?
住民はその違いを見抜いています。

【質問3】行政代執行を回避する“本気度”はゼロなのですか?
大石知事は行政代執行について明言を避けていますが、その沈黙こそが住民を最も不安にさせています。
行政代執行とは、行政が暴力装置を伴って住民の生活圏を踏み荒らす最終手段 です。
その決断は、政治家としての価値観が最も露わになる局面です。
そこで伺います。
行政代執行を避けるために、知事は何をし、何をしなかったのか。
その実績を具体的に説明できますか?
もし説明できないのであれば、
“避ける努力ゼロ”で突き進んでいると見られても仕方ありません。
【質問4】住民の「生活」と行政の「計画」、どちらが重いのですか?
石木ダム計画の最大の問題は、
人の生活より、行政の計画が優先されているように見える 点です。
13世帯50人の生活は、
ダムの予算に比べれば小さく見えるかもしれません。
しかし、政治が守るべきは予算ではなく、人の生活です。
大石知事に伺います。
行政の計画と住民の暮らし、重さを比べるならどちらが優先ですか?
その価値判断を、率直に答えていただけますか?
住民は、ここが最も聞きたいのです。

【質問5】50年前の計画が“絶対正しい”と信じられる理由は?
再検証の必要すら否定した大石知事。
まるで50年前の計画が“神託”ででもあるかのような扱いです。
・人口減少
・水需要の減退
・気候変動の影響
・公共事業の見直しが国の潮流
これだけ環境が変化しているのに、「再検証すべきではない」という姿勢は異常です。
そこで伺います。
大石知事は50年前の計画のどこに、そこまで絶対的な信頼を置いているのですか?
その信頼は、データ・専門家の分析・現代の情勢、どれに基づいていますか?
もし根拠が示せないなら、
それは“信仰”であって政策判断ではありません。
【番外質問】住民の声が届かないのは、聞こえないからですか? それとも聞く気がないからですか?
これは住民の率直な疑問です。
説明会での知事の姿勢は、
「聞く気がある人」ではなく、
「聞いたことにしたい人」のそれでした。
大石知事、どちらですか?
これは皮肉ではなく、純粋な質問です。
なぜなら、
政治家に求められる最初の能力は“聞く力”だからです。
最後に──知事、あなたは石木ダム問題から逃げていませんか?
逃げているつもりはなくても、
住民から見れば“逃げているように見える”ことが深刻なのです。
・説明から逃げる
・論議から逃げる
・再検証から逃げる
・核心質問から逃げる
・行政代執行の明言から逃げる
大石知事、石木ダム問題のどこで、どの瞬間に、
あなたは真正面から向き合ったと言えるのでしょうか?
逃げ場のない問いを突きつける構成にしています。
JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次





