アイコン ≪石木ダム≫平田知事が再び川原(こうばる)へ向かった!


石木ダム テレビ

現場を見る平田研知事と、現場も見に行かぬ佐世保市『宮島大典』市長の人間力の対比が際立つ。
長崎県政に、ちょっとした異変が起きている。
石木ダム問題を巡り、平田研知事がまたしても川原地区を訪れた。
就任からわずか2ヶ月、これで2度目の現地入りである。
前任の大石賢吾氏が4年間で2回だったことを思えば、この頻度はもはや
「たまたま」ではなく「姿勢」「人間力」と言っていい。
歩く知事、語る住民、見る現場
今回平田知事は、反対住民の案内で団結小屋から上流まで約2時間歩き、
現地を視察したという。
図面でもない。資料でもない。パワポでもない。
自分の足で歩いて見たのである。
政治家にとって、この当たり前の行為がニュースになる時点でいろいろ考えさせられるが、少なくとも高く評価すべき行動ではある。

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一方その頃、佐世保では…

平田知事

【石木ダム(こうばる地区)住民の心の痛みも我関せずと笑い飛ばす宮島大典佐世保市長】

石木ダムの最大受益者とされるのが佐世保市である。
つまりこの事業、「長崎県のため」というより佐世保の水事情もあったが、ほぼほぼ金子家の都合によって進められてきた面が大きい。
金子家の3代続いた家業である。その当事者トップが宮島大典佐世保市長である。
……が。
不思議なことに、石木ダムを必要と最も訴えるその本人が、現地に行ったという話を全く聞かない。
少なくとも、反対住民と膝を突き合わせて歩いた、という話は聞こえてこないし、またしてもいない。
「欲しい」と言う人ほど、見に行かない謎
普通に考えてみてほしい。
家を建てる時でも、車を買う時でも、欲しい側が現物確認する。
なのに、「水が必要です!」「だからダムが必要です!」
と言っている佐世保市のトップが、肝心の沈む現場には現れない。
一方で、本来は事業主体側の長である知事が何度も現地へ足を運ぶ。
この構図、なかなかにシュールである。
政治家の“温度差”が透けて見える
平田知事は少なくとも、住民に会う、話を聞く、現場を見るという政治の基本動作をしている。
対して宮島市長から見えるのは、「必要性」の説明「計画推進」の姿勢 「でも現場の空気は遠い」 という印象だけが感じられる。
もちろん宮島市長にも事情はあるだろう。
だが、自ら必要と訴える事業なら、なおさら現地に立つべきではないか。
それをしない限り、市民からはこう見えてしまう。
「欲しいとは言うが、痛みの現場は見ない人」
と。
ただし忘れてはいけない。
何度現場に来ても、何度写真を撮っても、結論が変わらなければただの視察で終わる。
県民が見ているのは「来た回数」ではない。
見たうえで、どう判断するか。
そこに尽きる。
最後にひと言
今、石木ダムを巡って浮かび上がっているのは、
現場に来る平田研知事と、恩恵を受けるのに来ない宮島大典佐世保市長という対比だ。
政治家の本気度は、言葉より足に出る。
さて――
最後まで歩くのは誰か。
途中で引き返すのは誰か。
石木の春は、今年も政治家たちの真の姿を映している。

JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次

[ 2026年4月17日 ]
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