【和歌山】十禅院/破産手続き開始決定
宗教法人「十禅院」が破産
和歌山県紀の川市粉河の宗教法人「十禅院」が破産したことが分かった。
同法人は、紀の川市粉河2849番地に所在し、西国三十三所第3番札所として知られる粉河寺に隣接する「十禅律院」に関係する宗教法人。十禅律院は江戸時代後期に整備された歴史ある寺院で、本堂、庫裡、護摩堂、塗上門の4棟が和歌山県指定有形文化財となっている。
紀州藩の支援を受けた歴史ある寺院
和歌山県の文化財情報によると、十禅律院は粉河寺の北東隣接地にあり、本堂、庫裡、護摩堂、塗上門の4棟が2003年3月18日付で県指定有形文化財に指定されている。文化財の所有者は「宗教法人十禅院」とされている。
建物はいずれも江戸時代後期に整備されたもので、本堂は文政12年(1829年)、護摩堂は文政元年、塗上門は文政8年(1825年)の建立。庫裡も天保年間に建てられたとされ、紀州藩の援助を受けて建設されたことが棟札などの資料から確認されている。
特に庫裡は大型で、藩主など身分の高い人物を迎えるための「御成玄関」や書院座敷を備えるなど、格式の高い建築として知られる。
かつては粉河寺の子院
和歌山県文化財センターの資料によると、十禅律院はかつて粉河寺の子院で、寛政12年(1800年)に律院として再興された。
その後、文政6年(1823年)に滋賀県の安楽律院の末寺となり、粉河寺から独立。再興当初から紀州藩主による特別な支援を受け、享和元年(1801年)には紀州藩10代藩主の徳川治宝が本尊の阿弥陀三尊像を寄進したとされる。
本堂についても紀州徳川家との関係が深く、その後、護摩堂や塗上門、庫裡などが順次整備され、現在の寺観が形成された。
破産後の文化財の扱いにも注目
十禅律院の建造物については、2003年度以降、屋根の葺き替えや建物の傾斜修正など保存修理も行われてきた。
今回、県指定文化財4棟の所有者となっている宗教法人十禅院が破産したことで、今後の寺院運営や文化財の維持管理、所有関係がどのように扱われるのかが注目される。
参考:和歌山県教育委員会、わかやまの文化財、和歌山県文化財センター、法人番号公表情報
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