沖縄情報

アイコン 【沖縄県知事選】古謝玄太氏、14万7,064票差の圧勝――沖縄で起きた「地殻変動」を下地幹郎氏は察知していたのか


 

古謝玄太氏 42万3,124票。
玉城デニー氏 27万6,060票。
その差は、実に14万7,064票だった。
「接戦」でもなければ、「辛勝」でもない。
古謝玄太氏の圧勝であり、玉城デニー県政と「オール沖縄」に対して、沖縄県民が突き付けた極めて厳しい審判である。
古謝氏は、投票終了とほぼ同時の午後8時1分に当選確実が報じられた。いわゆる「ゼロ打ち」である。県政は、2014年以来12年ぶりに大きく転換することになった。
12年前も「ゼロ打ち」だった

スポンサーリンク
 
 

 

思い起こされるのが、12年前の平成26年(2014年)11月16日に行われた沖縄県知事選である。
当時、16年間続いた保守県政を率いていた現職の仲井眞弘多知事に、翁長雄志氏が挑んだ。
午後8時、投票が締め切られた直後、テレビ各局は一斉に翁長氏の「当選確実」を報じた。
あの時も「ゼロ打ち」だった。
翁長氏は36万820票を獲得。仲井眞氏の26万1,076票に対し、9万9,744票差をつけて圧勝した。
約10万票差という結果は、沖縄県政の流れを一変させた。
翁長県政が誕生し、その後、玉城デニー県政へと引き継がれた「オール沖縄」の時代が始まったのである。
ところが、今回の古謝玄太氏は、その約10万票差をさらに大きく上回る、約15万票差をつけた。
12年前に沖縄を左へ動かした地殻変動よりも、今回はさらに大きな力で、県政を反対方向へ押し戻したことになる。
県民が求めたのは「反対」より「前進」
古謝氏は、辺野古移設問題だけでなく、県民所得の倍増、物価高対策、子育て・教育支援、沖縄振興予算の確保など、経済と暮らしを前面に掲げた。
一方、玉城県政は8年間、辺野古反対を最大の政治的旗印としてきた。
しかし、県民生活は待ってくれない。
物価は上がる。
所得は伸びない。
子育て世代の負担は重い。
若者は将来への展望を持てず、県外へ流出する。
県民が今回求めたのは、いつまでも「反対」を叫び続ける県政ではなく、国と交渉し、予算を確保し、県民の所得と暮らしを具体的に前へ進める県政だったのではないか。
14万7,064票という差は、単なる候補者同士の人気の差ではない。
12年間続いた県政への評価であり、「オール沖縄」という政治運動そのものに対する審判でもある。

 

 

2014年、翁長雄志氏の約10万票差の勝利によって、沖縄県政は大きく動いた。
そして2026年、古謝玄太氏はそれを上回る14万7,064票差で、12年間続いた翁長・玉城県政に終止符を打った。
歴史は、再び「ゼロ打ち」で動いた。
ただし、今回は12年前以上の大差である。
これは単なる政権交代ではない。
沖縄県民が、「反対の政治」から「結果を出す政治」へ、「対立する県政」から「前へ進める県政」へとかじを切った、歴史的な地殻変動である。
下地幹郎氏は、それを誰よりも早く嗅ぎ取って途中リタイアしたのかもしれない。
だとすれば、やはり下地氏は政治家である。
県民の心を読む力というよりも――
自分が生き残るための風向きを読む力において、である。

JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次

[ 2026年9月15日 ]
スポンサーリンク
  

 

 


HTML Comment Box is loading comments...



※記事の削除等は問合せにて。

スポンサーリンク
 

 

関連記事

  • この記事を見た人は以下も見ています
  •  

 

 



PICK UP


破産・小口倒産一覧