白川勝彦と「自公連立」批判の記憶
【投稿者】=大石寺

かつて自民党の中堅議員として、そして自治大臣まで務めた白川勝彦という政治家がいた。
彼は自民党を飛び出した後も、政治の現場から遠ざかってもなお、一貫して「自公連立政権」を鋭く批判し続けた人だった。
なぜそこまで、彼は「自公」を問題視したのか。
政教分離の原則を守れ
白川の論点はシンプルだった。
「創価学会という宗教団体の政治部門である公明党と自民党が手を組むのは、政教分離の原則を危うくする」――これである。
本来、宗教と政治は一定の距離を置くべきなのに、選挙のたびに創価学会の組織票が自民党候補の当落を左右する。
これを「政権の安定」と呼んでいいのか、と彼は問い続けた。
自由主義の衰退
彼の著書『自公連立解体論』の副題は「自由主義が衰退すれば、日本は滅ぶ」だった。
白川の目には、自民党はもはや“保守政党”ではなく、“創価学会党の補完物”に見えていたのだろう。
理念や政策を軸に政治を動かすのではなく、ただ「選挙に勝つため」「政権を維持するため」に公明党と手を組む。
その結果、自民党の自由主義的な伝統は空洞化し、日本政治の軸も揺らいでいく――。
「合体政権」の危うさ
白川はまた、自民党と公明党の関係を「連立」ではなく「合体」と呼んだ。
別々の政党であるはずなのに、政策も責任も一体化してしまう。
そこには健全な緊張感も、政権内での相互チェックもなくなる。
有権者にとっても、「どちらに投票しているのか分からない」奇妙な構造になってしまう。
それは民主主義の形骸化にほかならない、と。
今、思うこと

2019年に亡くなった白川勝彦。
彼が問い続けた「自公連立」の問題は、2025年の今も続いている。
安定を理由に続く連立政権。
けれど、理念や政策が置き去りにされる政治に、果たして未来はあるのか。
白川の警鐘は、あの頃よりもむしろ今こそ重たく響いているのではないだろうか。
JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次





