【第6葵丸沈没事故】金は入った、だが船は放置でいいのか? 地元漁業者の怒り今なお収まらず

第6葵丸沈没事故から長い年月が経過した。
しかし、この問題は終わるどころか、今なお地元に深い爪痕を残している。
なぜか、沈んだ船が、いまだ海底に眠ったままだからである。

■ 海底に残された“迷惑な置き土産”
事故後も沈没船は海底に残され、その影響で近隣漁業者からは
• 網が引っかかる
• 漁場に入れない
• 操業に支障が出る
など、切実な声が上がり続けている。
海は漁師にとって生活の糧であり、仕事場であり、命綱だ。
そこに巨大な障害物を放置されたままではたまったものではない。
まさに事故の後始末を地元が背負わされている状態と言っても過言ではない。
■ 多額保険金報道の一方で、なぜ引き揚げぬ?
事故後には多額の保険金が支払われたとの報道もある。
その一方で、地元から聞こえるのはこうした声だ。
「保険金は入ったのに、なぜ沈没船はそのままなのか」
「金の問題ではないなら、なおさら説明すべきだ」
当然の疑問である。
事故で人命が失われ、さらに海底には沈没船が残り、地域漁業者が今なお迷惑を被っている。
にもかかわらず、十分な説明も見えず、具体的な解決策も示されないまま時間だけが流れていく。
これでは地域住民が不信感を抱くのも無理はない。
■ “終わったこと”にしたいのは誰か
事故を風化させたい者はいるかもしれない。
だが、海で働く者にとっては風化などしていない。
網を入れるたび、船を出すたび、その存在を思い知らされるからだ。
陸にいる者が忘れても、海に出る者は忘れられない。
■ 今こそ必要なのは“逃げない説明”
地域が求めているのは派手な言い訳でも、取り繕った謝罪でもない。
必要なのはただ一つ。
「どう責任を取るのか」
• なぜ引き揚げないのか
• 今後どうするのか
• 漁業被害にどう向き合うのか
• 地域へどう説明するのか
これらに対して真正面から答えることだ。
事故は起こしたこと以上に、その後どう責任を果たしたかで企業の真価が問われる。
第6葵丸問題、まだ終わったなどと、誰が言えるのか。
JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次





