第7回・数字で読み解く「水需要」と石木ダム神話の崩壊

はじめに — 数字は嘘をつかない

公共事業は法に叶い,理に叶い,情に叶うものであれ,そして誠実であれ!

石木ダムは「将来の水需要増」を見越して必要だ、というのが利水の大義名分です。
だが、過去数十年の水の使用実績と人口動態、設備の進化や節水社会の進展を見ると、むしろ「需要は減少傾向」あるいは「横ばい」であり、ダムで得ようとする“余剰”水量は仮定と過大な見積もりにすぎない、という指摘が多数あります。
今回の質問状では、数値と論理を武器に、なぜ石木ダムの必要性が“神話化”されてきたのか、その腐敗と矛盾をあぶり出します。

【分析1】実績は“減少” — 需要予測はすべて外れてきた
• 佐世保市が提示した水需要予測では、「2014年〜2024年にかけて1日最大給水量が 80,941㎥ → 約105,461㎥ に急増する」とされていた。
• しかし実際には、1999年のピーク時 101,510㎥ を最高に、その後は減少傾向が続き、2018年度時点では 77,968㎥ にまで落ちている。
• 過去に出された水需要予測(1975年、1981年、2000年、2004年、2007年、2012年など)は、いずれも「大きく外れた」か「過大」であったことが明らか。
• このように、水の使用実績そのものが安定的、あるいは減少しているにもかかわらず、なぜ“将来の飛躍的な水需要増”を前提にダムが必要だとされるのか――ここにまず、根本的な乖離がある。

【分析2】人口減少 × 節水 — 水需要増の根拠はほぼ崩壊
• 佐世保市の人口はピーク時から大きく減少しており、かつ全国と同様に高齢化が進行中。これだけでも水需要の自然な低下圧がある。
• さらに、節水型トイレ・シャワー・洗濯機などの普及、住宅・ビルの断熱・省エネ設備の更新、水道使用の節水志向などにより、1人あたりの水使用量(生活用水原単位)はむしろ減少傾向にあるとの報告。
• それにもかかわらず、佐世保市の水需要予測では “1人あたり水使用量が将来増える”“工場用水が大幅に増える” という仮定が設定されており、過去の実績・全国潮流と真逆の仮定に立っている。
• つまり、「人口減少 × 節水社会化」というマクロ・ミクロ両面の現実を無視して、過大な需要を前提にしている。これでは、ダムの必要性云々以前に、前提そのものが空虚と言わざるを得ない。
【分析3】水源の“過小評価”と漏水対策の怠慢 — ダムありきの設計
• 佐世保市は「将来必要になる取水量は最大 117,702㎥/日」と主張し、現在の安定水源量(約 77,000㎥/日)では足りないと説明。石木ダムによる 40,000㎥/日 が不足分を埋めるというのが公式ストーリー。
• しかし、反対側の主張によると、実際には既存の水源だけでも 安定水源 77,000㎥ + 過去に“安定的に取水実績のある水源” 約15,000㎥ を合わせれば、合計で約 92,000㎥/日を安定的に確保可能。これは2018年度の最大給水量 77,968㎥ を大きくカバーする。
• 加えて、水道管の老朽化による漏水が長年問題となっており、漏水対策・管網更新によって「実質的な水源確保・節水」が可能だったという指摘もある。
• 要するに、水源能力を“過小評価”し、水の安定供給を理由にダムを是認する理屈そのものが、設計段階から歪んでいた可能性が高い。
【分析4】再三の過大予測と“未来想定”の重ね塗り — 水需要予測の信頼性はゼロ
石木ダム建設を正当化するために使われる「将来の水需要予測」は、これまで何度も出されてきたもののすべて実績と乖離してきた。
しかも、最新の再評価案でも以下のような仮定が使われている:
• 生活用水需要は、人口減にもかかわらず “1人あたり水使用量が増加” する → 横ばい〜微増傾向
• 工場用水が将来的に急増(過去数十年で減少傾向だったにもかかわらず)
• 軍・基地、観光、大口事業所の“潜在的な需要”を過大に見込む
これらは、言葉を選ばず言えば “願望込みの予測” にすぎず、科学性も合理性も失っている。
実績値を無視し、過去の反省点を活かさず、未来だけを見て計画を進める——そんな姿勢で「必要」と言い切るのは、もはや欺瞞です。
【最終質問】知事と行政に問う — なぜ、この“数字の現実”を認めないのか?
ここまで見てきた通り、石木ダムの必要性を支えてきた以下の前提は――
• 水需要は将来も右肩上がり
• 水源は足りない
• ダムによる水確保が唯一の選択肢
――いずれも、過去の実績と現状の人口・社会情勢・技術進展からは 論理的に破綻 しています。
にもかかわらず、行政はそれを前提としたまま、
50年前の設計図に基づき、巨大なコンクリートを今も押し進めようとしています。
大石知事、そして関係行政の皆様に、以下を問いただします。
1. なぜ、水需要が明らかに減少傾向にある現実を、認めないのですか?
2. なぜ、水源の確保という建前の背後にある「過小評価」「漏水放置」「過大予測」という“都合の良い仮定”を、正当化しようとするのですか?
3. もし本気で水の安定供給を考えるなら、まず 漏水対策・既存水源の有効活用・節水施策の強化 を最優先にすべきではありませんか?
4. 最後に。なぜ、50年前の“神話”と“仮定”で未来の人々の暮らしを縛ろうとするのですか?
大石知事は勿論、石木ダム推進派はこれらに誠実に答える責務がある。
JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次





