なぜ直接買収ではなかったのか ツムラ×養命酒"異例の三段階"
漢方大手のツムラが、老舗の養命酒製造を約68億円で買収する。単なるM&Aではない。アクティビスト、創業家、事業会社の三者が絡む、極めてテクニカルな再編案件だ。
本件の最大の特徴は、通常の「買い手が直接TOBを実施する」形を取らなかった点にある。まず旧村上ファンド系の投資会社レノがTOBを実施し、一般株主から株式を買い集める。その後、スクイーズアウト(少数株主の強制買取)を経て、創業家関連の資産管理会社である「湯沢」が唯一の株主となる。最終段階で、湯沢からツムラが全株式を取得する三段階スキームだ。
なぜ直接買収ではなかったのか。背景には、養命酒製造の特殊な株主構成がある。筆頭株主である湯沢は創業家に近い立場で、過去には外資ファンドからの提案を拒否した経緯がある。今回、レノが“露払い”の役割を担い、少数株主を整理した上で、創業家が納得できる形に整えてからツムラへ引き渡す構図となった。敵対的色彩を薄めつつ、資本再編を実現するための調整型ディールといえる。
実際、昨年には世界的投資ファンドのKKRが優先交渉権を得ていたが、最終的に失効した。理由は、湯沢側が株式売却の意向を示さなかったことにある。外資ファンドによる非公開化は、事業再編やコスト削減を徹底する一方、ブランドや企業文化への影響も大きい。創業家側にとっては受け入れ難かった可能性が高い。
その点、ツムラは日本における漢方薬の最大手であり、伝統的な薬効やブランド価値を重視する企業文化を持つ。養命酒という長寿ブランドを維持しつつ発展させる“同業的シナジー”が見込める点が、最終的な決め手になったとみられる。
ツムラ側の戦略的意義も明確だ。同社は医療用漢方で高いシェアを誇る一方、一般消費者向け市場、いわゆるセルフメディケーション領域の拡大が課題だった。養命酒ブランドを取り込むことで、BtoB中心の事業構造をBtoCへと拡張できる。また、生薬の調達網や生産ノウハウの共有によるコスト効率改善も期待される。原材料高に苦しんでいた養命酒製造にとっても、スケールメリットを活かした収益体質の立て直しが可能になる。
今回の案件は、「物言う株主」が単なる圧力装置ではなく、事業承継や再編の仲介者として機能した事例と位置付けられる。創業家の意向を尊重しつつ、資本効率改善と事業シナジーを両立させた点で、従来型の敵対的買収とは一線を画す。
資本市場が成熟する中で、アクティビスト、創業家、事業会社がそれぞれの利益を最大化しながら折り合う「調整型M&A」は今後も増える可能性がある。今回のディールは、その象徴的なケースといえそうだ。





