アイコン 知事と議長と乞食は3日やったらやめられない。


大石賢吾

大石賢吾 再出発への想い(インスタライブ開催)
日時:令和8年6月8日(月)21時~
『大石賢吾 再出発への想い』とあるが、筆者が最近聞いた話では、大石氏は長崎市内のT診療所で精神科医として再出発したと聞いていた。
最近、X(旧Twitter)やインスタに掲載されている大石賢吾氏の写真、故郷、五島市富江地区と思しき海岸に立つ後ろ姿(7日前)の写真が中々、意味深である。

 

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来年4月に行われる統一地方選挙でまさかの(富江)五島選挙区から県議選への出馬とも勘繰れるし、いやいや県議から知事はあっても、知事から県議は普通に考えたらなかろう。ただ、大石氏は普通じゃない、大石氏が出馬したら清川県議は厳しかろう。しかも、T診療所の精神科医よりは県議の方が収入は少しよかろうし。と、色々と考えれば五島市からの県議選への出馬はありか。そして4年後に金子容三氏が知事選に出馬後、晴れて長崎3区から衆議院選補選に出馬するとのシナリオも中々面白い。金子原二郎、最後の大勝負でどうだろう。
「知事と議長と坊主と乞食は三日やったらやめられない」という。
まさに、一度味わった「権力」「お布施」「施し」の甘さは、簡単には手放せないという皮肉である。
知事と議長は、頭を下げられ、命令できる立場である。
坊主は、敬われ、信心を背景に食べていける立場である。
乞食は、働かずとも人の情けで生きられる立場である。
一見、まったく違う四者のようだが、共通するのは、自分で汗を流さなくても、周囲から何かが差し出される構図は同じである。
政治の世界に当てはめれば、こうである。
知事、知事、議長、議長と呼ばれ、公費で動き、周囲が忖度し、批判されても居座れる。
そりゃあ、三日どころか、任期満了でもやめられない。
権力も、肩書も、既得権も、いったん座ってしまえば居心地がいい。
だからこそ、長く居座る者ほど、自分を律するより、自分が居続けられる仕組みを守ることに必死になるのである。
知事と議長と乞食は三日やったらやめられない。
そして、権力者が一度『知事、知事、議長、議長』と呼ばれたら、なおさらである。
平田県政の大事な資料をお仲間の記者に漏らしたら、さすがの外間議長も辞任するしかない。6月8日には辞任するとの観測が流れている。

外間

JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次

[ 2026年6月 5日 ]
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