アイコン ≪第六弾≫玄海灘の海砂は誰のものか。


 

玄界灘海砂採取問題、これは単なる業者指導の問題ではない。
長崎県、佐賀県の県境をまたぐ資源管理の問題である。
環境保全の問題であり、行政と業界の距離感の問題である。
そして、長崎県政が海砂採取業者という特殊業界に甘すぎるのではないかという根本問題である。

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もし、この玄界灘の海で何代にもわたって暮らしてきた『玄界灘と共に生きる会・浪口志郎会長』らの申入書を読んでもなお、長崎県議会が動かないのであれば、県議会はいったい何のためにあるのか。
海砂を採取する海の底は見えない。
だからこそ、権力と業者にとっては都合がいい。
山を削れば誰でも分かる。
川を汚せば住民が気づく。
しかし、海底を削っても、普通の市民には見えない。
見えないから、黙って掘る。
見えないから、数字をいじる。
見えないから、境界線ギリギリで盗掘を繰り返す。
見えないから、総量制限の流れも曖昧にする。
だが、見えないからこそ、行政と議会が監視しなければならない。
海砂は誰のものか。有明商事グループ、葵新建設のものか。
答えは明白である。
有明商事グループ、葵新建設、一部業者のものではない。
長崎県土木部の裁量で好き勝手に配分できるものでもない。
壱岐東部漁協の浦田和男ら、漁協幹部の交渉材料でもない。
浦田和男の飯の種でもない。
玄海灘の海砂は、公共の財産である。
海に生きる人々の生活基盤である。
将来世代に引き継ぐべき自然資源である。
その海砂を、境界線の陰で、制度の陰で、補償金の陰で、こっそり食い物にしてきた者がいるのなら、徹底的に明らかにしなければならない。
そして、長崎県に問いたい。
あなた方は、海を守る行政なのか。
それとも、海砂業者を守る行政なのか。

 

 

観光生活建設委員会に問いたい。
あなた方は、県民の代表なのか。
それとも、有明商事グループ、葵新建設、一部業者や土木行政の追認機関なのか。
玄海灘は、黙っているようで、すべてを記憶している。
海底に残された凹凸は、行政の怠慢の跡であり、業者の強欲の爪痕であり、長年放置されてきた利権構造の地層である。
今こそ、その海底を掘るのではなく、真相を掘り起こす時である。
玄海灘の海砂は誰のものか。
この問いに、長崎県は真正面から答えなければならない。

JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次

[ 2026年7月 9日 ]
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