≪特集・石木ダム≫県議会は県を批判、地元は完成要望、県は「誰が何を判断したのか」を示せ!

石木ダムをめぐって、県議会と地元の受け止め方が大きく食い違っている。
10月8日付の長崎新聞によると、県議会への説明では県の対応に批判が相次いだ一方、佐世保市議会からは、知事が交代しても事業を完成させるよう求める声が上がった。川棚町長は、反対する住民との対話による解決を訴えている。
同じダムの話なのに、なぜ、ここまでかみ合わないのか。石木ダム建設は金子家の家業となっている。

県は、市町の振興につながる事業の推進を説明する。だが、地域振興を語れば、水需要の見通しやダムの必要性、県の説明姿勢をめぐる疑問まで解消するわけではない。
必要だというなら、その根拠を示す。
計画を維持するなら、判断に使った数字を示す。
県議会で説明の不備を指摘されたなら、何が足りなかったのかを明らかにする。
「必要です」「進めます」の繰り返しでは、説明にならない。
一方、完成を求める金子家一派にも、具体的に語ってもらいたい。
いつ完成させるのか。今後、どれだけの費用が必要なのか。住民との対立をどう解きほぐすのか。完成を要望する以上、その道筋も問われる。
川棚町長が訴える対話は大切だ。しかし、話し合いの場を設けることと、話が前に進むことは別である。住民の疑問に答え、何を検討し直せるのかを示してこそ、対話に中身が生まれる。
長年この問題に向き合ってきた住民にとって、これは議場の賛否だけで終わる話ではない。暮らしと地域の将来がかかっている。
県民が知りたいのは、賛成派と反対派の声の大きさではない。誰が、どの資料に基づいて判断し、その結果に責任を持つのかである。
石木ダムを進めるというなら、まず県が説明責任を果たせ。
水をためる前に、不信をため続ける県政を改めてもらいたい。
JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次





