≪下地氏の政府入り・第9弾≫「余人をもって代えがたい」で押し切るな。推す側も名前と責任を示せ!

下地幹郎氏の政府起用案をめぐり、前稿では「誰が推し、なぜ下地氏なのか」と問うた。今回は、もう一つ問いたい。
その人事に、誰が責任を持つのか。

下地氏は、政府から人事の話は来ていないと説明し、不出馬の条件に人事が含まれていたことも否定している。ならば、起用案を持ち出した側が、自ら経緯を説明すればよい。
本人への正式な打診があったかどうかと、その周囲で起用の相談があったかどうかは、別の話である。「本人には話していない」で、説明が終わるわけではない。

地元の自民党沖縄県連が起用に反対している以上、党本部には、その反対理由に答える責任もある。賛否が分かれる人事だからこそ、必要性と選考の根拠を示すべきだ。
地元には理解を求める。だが、人選の経緯は語らない。それでは、納得のしようがない。

仮に「余人をもって代えがたい」と言うのなら、具体的に説明してもらおう。
下地氏でなければ進まない仕事とは何か。どんな実績や専門性を評価したのか。他の人材と比較したのか。そして、起用後に何を達成してもらうのか。
先に仕事があり、その仕事にふさわしい人を選ぶ。それが人事の筋である。人物が先に決まり、後から役職や仕事を当てはめるようでは、県民の理解は得られまい。
知事選への不出馬に至る協議との関係も、曖昧にしたままにはできない。辞退とポストの交換があったと、現時点で断定することはできない。だからこそ、協議の時期、参加者、議題、起用案が浮上した時点を整理して示す必要がある。
疑問を解くのは、否定の繰り返しではない。確かめられる経緯である。
西村康稔氏を含む協議の関係者と党本部は、それぞれが何を話し、何を判断したのかを説明すべきだ。「保守一本化」の成果を語るなら、その過程についても説明を引き受けてもらいたい。
政府の役職には、権限と責任が伴う。政治家同士が納得すれば、それで済む話ではない。
下地氏の肩書を決める前に、推薦した側の名前と責任を明らかにせよ。
「沖縄のため」と言うのなら、まず沖縄県民に、説明を尽くすことである。
JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次





