第4話:囁くロビー、沈むカクテル
11月7日、長崎県政の闇をぶった斬るYouTube番組『長崎奉行ちゃんねる』を開設し、11月12日に第2回目を配信しました。チャンネル登録、いいねボタンを宜しくお願いします。

ホテルN──
午後6時。
天井のシャンデリアは柔らかい光を撒き散らすが、
温度はない。
豪奢とは、冷たい秩序の別名だ。
ロビーには笑顔が漂う。
談笑、握手、名刺交換。
だが本当の視線は、笑顔の奥で交差する。
カウンター席。
背筋を伸ばし、カクテルの氷が溶ける音に耳を澄ませる男。
県護陣営のヤリ手秘書だ。
顔には疲労はない──
疲労を顔に出さない訓練を済ませているだけ。
そこへ、
黒いスーツの男が静かに腰掛ける。
香水ではなく、反応の薄さで自らの身分を示すタイプ。
「最近、県庁は遅いらしい」
ヤリ手秘書は視線を上げない。
グラスの外側についた水滴が滑る。
「年度末が近いですから」
「年度はいつでも近い」
スーツの男は淡々と言う。
「今は、“誰の年度”が始まるかだ」
沈黙。
沈黙もまた言語だ。
「……こちらは動いている、と」
ヤリ手秘書の声は低い。
「動いているように見せなければ動けない。
動かねば、沈む。
沈めば、忘れられる」
「揺れている名前は?」
スーツの男は薄く笑う。
笑顔は、情報の代わりとして最も安全な器具だ。
「名は出さない。
だが、あなた方の敵は票ではない」
「ならば、何です?」
「時間だ」
ヤリ手秘書は僅かに指を止めた。
スーツの男は続ける。
「焦りが漏れれば、味方を失う。
強気を装えば、嘘が膨らむ。
座していれば、取り残される」

氷が鳴る。
乾いた、細い音。
「……忠告ですか?」
「忠告は、善意のある者がする」
男は淡々と答える。
「これは、残酷な事実の報告だ」
ロビーの照明が一段明るくなる。
客の笑顔が増え、
笑い声が広がる。
だがそのどれも、心に触れない。
人の気配は、権力の影を薄める煙幕だ。
スーツの男は席を立つ。
「明日は午前中に噂が流れる。
出所は曖昧、内容は明確だ」
ヤリ手秘書は頷かない。
ただ、グラスの氷を見つめた。
「……風が変わると?」
「風は変わらない。
変わったと“思わせれば”十分だ」
歩き去る靴音は軽い。
重さは残さない。
痕跡は不要。
記憶は道具。
ヤリ手秘書は残ったカクテルを口に運ぶ。
味はしない。
血が走るのは筋肉ではなく、企図である。
ここで戦うのは、信念ではない。
生存だ。
ロビーの空気は暖かい。
しかし心の中の空気は、
今日も凍ったままだ。
JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次





