アイコン ≪第二弾≫玄海灘の海砂は誰のものか。


有明商事

海の底で起きている“見えない盗掘”を許すな
玄海灘の海砂は、いったい誰のものなのか。
長崎県のものか。有明商事・中村満一族のものか。葵新建設・出口勇一一族のものか。砂利協会のものか。壱岐東部漁協組合長・浦田和男のものか。
それとも、海の上で生活し、海と共に生きてきた漁業者、沿岸住民、そして次の世代に引き継ぐべき公共の財産なのか。
この問いから逃げてはならない。
今回、佐賀県唐津市湊町に事務所を置く「玄界灘を守り育てる会」有志一同が、長崎県議会観光生活建設委員会の委員各位に対し、境界線付近での海砂採取事業の即時停止と原状回復を求める『申入書』を提出した。

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中身は、極めて重い。
単なる環境保護団体の意見書ではない。
単なる感情的な抗議文でもない。
そこに書かれているのは、佐賀県と長崎県の協定境界線を越え、長崎県側の採取業者が佐賀県側の海砂を区域外採取しているのではないか、という重大な疑惑である。
しかも、その疑惑は一過性のものではない。
過去から繰り返され、指摘され、改善命令まで受けながら、なお続いているのではないか、という話である。
まさに、海の底で起きている『見えない盗掘』である。
海の上からは見えない。
しかし、海底は正直である。
漁業探索機で確認された海底の凹凸。
GPSによる運航記録。
境界線付近に集中する採取区域。
そして、佐賀県側の海底が荒らされ続けているという玄海灘で暮らす現場の声。
これらを前にして、長崎県はまだ「知らなかった」「確認中」「適正に処理している」と言い続けるつもりなのか。
もしそうなら、問題は業者だけではない。
許可を出し、監督する立場にある長崎県当局の責任こそ、厳しく問われなければならない。
そもそも、玄海灘の海砂は公有産物である。
特定業者の財布ではない。
一部団体の利権の壺でもない。
ましてや、県境をまたいで都合よく掘ってよい『無主物』ではない。
公共の福祉に供されるべき資源であり、採取するのであれば、法令と許可条件に基づき、適正な区域で、適正な量を、適正な管理のもとに行うのが当然である。
ところが、『申入書』によれば、長崎県の年間採取限度量は240万㎥。
そのうち175万㎥が壱岐沖、つまり玄界灘エリアに指定されているという。
一方で、実際に長崎県内で需要される海砂は年間80万㎥~90万㎥弱にすぎない。
ならば、聞きたい。
なぜ、県内需要の数倍もの採取枠が必要なのか。
誰のための240万㎥なのか。
県民のためか。
建設業界のためか。
それとも、特定の採取業者を生かすためか。
長崎県当局は「県内業者育成のため」と説明しているようだが、これほど便利な言葉もない。
業者育成。地域経済。安定供給。公共工事。
行政が利権構造を守るとき、よく登場する『きれいな言葉』である。
しかし、その裏側で、海底が削られ、漁場が荒らされ、佐賀県側の海砂まで持ち去られているのだとすれば、それはもはや育成ではない。
有明商事(中村満)・葵新建設(出口勇一)等による資源の私物化である。
行政による黙認であり、制度を使った利権の温存なのである。

JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次

[ 2026年7月 1日 ]
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