石木ダム50年の迷走 法・理・情、なお揃わず

【長崎・川棚町発】(石木川まもり隊)
https://ishikigawa.jp/
長崎県川棚町にある緑豊かな石木川のほとりに、13世帯の住民が今も暮らしている。彼らは、半世紀以上前に浮上した石木ダム建設計画に一貫して反対の声を上げ続けてきた。

石木ダムは、佐世保市の水道用水確保と川棚川の治水を目的に1975年に事業が採択された。当初は生活用水の需要増が背景にあったが、現在では佐世保市の水需要は当時より減少し、代替水源も確保されている。事業の「理」に叶うかを疑問視する声は、県内外で高まりつつある。
「これまでの生活を壊してまで、本当に必要なものなのか」。こう語るのは、計画地にある石木郷で農業を営む女性(68)。彼女の家族は、県が行った強制収用により所有権を失ったが、今もその土地に暮らす。
県は「法的には問題ない」と説明する。確かに事業認定や補償交渉などの手続きは所定のルールに沿って行われており、行政訴訟もいずれも住民側が敗訴している。しかし、立ち退きを拒む住民に対し、フェンスや監視カメラを設置し、重機を搬入する姿は、「法の支配」を盾にした力の行使と受け止める向きもある。
「法に叶っていても、理にも情にも叶っていないのではないか」。佐世保市議会では一部議員から見直しを求める声も上がっているが、県と市の姿勢に大きな変化は見られない。
「公共事業とは誰のためにあるのか」。石木ダム問題は、単なるインフラ整備を超え、社会のあり方を問い直す鏡となっている。高齢となった住民たちの暮らしと記憶、そしてその抵抗が、50年という歳月をかけて訴えているのは、「法・理・情」すべてを尊重する公共の姿ではないか。
JC-net・日刊セイケイ編集長・中山洋次





