アイコン 小さなダムの大きな闘い(石木川まもり隊)その5


「意識を変えよう」

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昭和35年(1960)地元の強い反対の意思を重視し石木ダム計画を1ミリも動かさない佐藤勝也県政に対し、国会議員の金子岩三氏は執拗に佐藤県政に圧力を掛け続けていた。

金子岩三氏は池田隼人総裁派閥(宏池会)を後ろ盾にし、佐藤勝也県政に対しダム作れ、ダム作れと事あるごとに圧力を掛け続け、その勢いは日増しに増していった。

当時の県幹部の話しによれば金子岩三氏の大型土木事業、石木ダム建設、公共工事への執念は凄まじいものがあったと、当時を振り返って証言している。

昭和44年(1969年)頃、石木ダム建設計画を1ミリたりとも動かそうとしない佐藤勝也知事に業を煮やした金子岩三氏はその頃、金子岩三という政治家の人間性をよく表した迷言を吐いている。「長崎県の知事は佐藤勝也以外なら馬(ウマンクソ)でんよか」

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そのウマンクソに選ばれたのが当時は参議院議員だった五島市出身の久保勘一氏である。

昭和45年(1970)2月22日、第7回長崎県知選挙、佐藤勝也知事(65歳)は自民党公認ではあったが、中央で力を付けてきていた金子岩三氏(62歳)が予算、人事を餌にして建設土建協会、水産団体、農業団体、各自治体の長などを懐柔し、集票マシーンである主な団体を現職の佐藤陣営から引きはがしに成功、無所属の久保勘一(59歳)陣営は告示前から大勝利を確信するほどであった。

金子原二郎氏が選挙に強いのは、そんな父の姿を見て育ったことが大きく影響している。

選挙結果は告示前の予想通り。
久保勘一(59歳・無所属・新人)447,297票
佐藤勝也(65歳・自民党・現職3期目)214,352票
新人の久保勘一氏が現職の佐藤勝也氏にダブルスコアーでの圧勝である。
これで事実上、金子岩三県政の誕生だった。
因みに前回の第6回長崎県知事選で3期目を目指す佐藤勝也氏は405,437票を獲得し、3選を果たしていた
前回の知事選から約20万票を減らしたことになる。金子岩三氏による如何に凄まじい切り崩しがあったことがこの選挙結果にも如実に表れていた。
その5につづく

インターネット長崎奉行・遠山金四郎こと中山洋次

[ 2021年10月31日 ]
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