アイコン 小さなダムの大きな闘い(石木川まもり隊)その12


「意識を変えよう」

石木ダム
http://ishikigawa.jp/about/alliance/tatakai/

新しく誕生したばかりの高田県政は、県議会54議席中、自民党が31議席を占める保守絶対安定という議会構成を背景に、金力もさることながら、権力を振りかざしての官僚的県政を進めだした。

高田勇

その典型的な現われが、今、長崎県最大の課題となった石木ダム建設に対する土地収用法第11条の発動による、機動隊導入をともなった強制測量に見られる
といえよう。

反対同盟は、ここに、いやおうなく全力を集中して闘いをいどまざるを得なくなったのである。

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第3章 強制測量を実力阻止
昭和57年(1982)4月2日、高田知事は殿下の宝刀といわれている「土地収用法第11条」に基づく立ち入りを公告、川棚町もこれを受理した。
県の言い分は次のようなものであった。
「昭和50年度から着工予算が付いたが、毎年繰り越し続けていた。当初の昭和54年度完成見込みが大幅に遅れ、基本調査ができなければ、同意を得ている地権者に対して移転など具体的説明もできない。強制測量は2月末まで延期し、話し合いの申し入れを待ったが、反対同盟は県とのテーブルにつかなかった。」
これに対して反対同盟は、徹底抗議の構えを取り、一方、県に対して話し合いの意思ありと通告、県の出方を見守ることにした。
事態を重視した社会党川棚支部は、臨時議会開催を要求、4月5日、町議6名から出された「石木ダム建設に伴う強制測量に関する意見書」の提出について審議、投票の結果、反対14、賛成6で否決、ここに町は事実上、強制測量を認めたのである。

インターネット長崎奉行・遠山金四郎こと中山洋次

[ 2021年11月17日 ]
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