アイコン カブール空港再開 カタールが支援、UAE・アフガンへ医薬品積み飛行機飛ばす


米政権の失敗作戦によりアフガンから逃れなかった日本人や関係者たちが。早期に日本へ移送できる可能性が高くなってきた。

カタールにある報道機関アルジャジーラによると、アラブ首長国連邦(UAE)は9月3日、タリバンが国の支配を引き継ぎ後、人道支援目的で初めて、「緊急の医療および食糧援助」を飛行機でアフガニスタンに送ったと報じた。

カタールは2日、タリバンと協力して、被害を受けたカブール空港を再開すると述べていた。
アラブ首長国連邦は、カタール、クウェート、バーレーンとともに、米軍が123,000人の外国人やアフガニスタン人の避難先の国でもある。
以上、

特別機の乗り入れは可能になった。

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民間機の乗り入れには、政治の安定が前提となり、時間がかかる。また、タリバン政権がどういう政治姿勢をとるかにより、西側の民間機の飛行許可が決定される。ただ、UAEなどは独自に民間機を飛ばす可能性はある。

タリバン勢のカブール侵攻が早く、カブール市内から空港へ脱出できず、多くの外国人や外国機関や企業に従事していたアフガン人が、取り残されている。
今後、UAEなどに仲介により、そうした人たちを国外へ脱出させることは可能と見られる。

2001.9.11以前のアフガンのタリバン政権を承認していたのは、パキスタン、サウジアラビア、UAEの3ヶ国だけだった。
宗教上、アフガンの主流イスラム教ハナフィー派はスンニ派系統であり、3ヶ国もスンニ派系。
アフガンにはシーア派系の民族もおり、タリバンがそうしたシーア派を攻撃したことから一時、隣国のイランが国境に軍を集結させ、緊張状態に至ったこともあった(イランとは仲は悪い)。

タリバンは穏健派、中間派、強硬派がいるものの、穏健派が主導権を持っているとされる。今回、カブールに侵攻したのは強硬派とされ、市内各所に関所を設けアフガン人の国外脱出を阻止したとされている。

穏健派により新政権が樹立され、以前のタリバンの宗教的に厳格な規制は、大幅に緩和されるものと思われる。
中国やロシアがこれまで影で支援してきたこともあり、関与を深めようが、アフガン側が全面的な関係は構築しないと見られる。

<今後の中国との関係>
中国は実質財政破綻のパキスタンを抱えており、中国自身も米制裁下でもある。
アフガンは3700万人の国、決して小国ではないため、支援にも限度があると見られる。中国が得意とするインフラ投資、その工事は、資材機材どころか、中国人人夫を大量に派遣しての中国のための工事であり、中国のインフラ投資関与策は、軋轢を生む可能性も高い。
中国は内陸国のアタガンで一帯一路の道路や鉄道の構築を進めるものと見られる。当然、見返りにリチウムなどの鉱物資源の開発を進めることも予想される。

<タリバンの歴史>
1979年にソ連軍がアフガン侵攻、1989年に撤退、その後アフガンは人民民主党政府が樹立されるも内戦状態が続いた。1993年にイスラム協会のブルハーヌッディーン・ラッバーニー指導評議会議長が大統領に就任したものの、内戦状態は続いた。それはラッバーニー師がタジク人だったからとされる。(タリバンは国民の42%を占めるパシュトゥーン人で構成されている)

1994年にムハンマド・オマル師(パキスタンのイスラム神学校卒)は、ソ連侵攻時の共産主義政権に対してイスラム法による国家を築くためのジハードに参加、1994年にタリバンを創設。1996年にカブールに侵攻し政権奪取。

オマル師は創設者兼最高指導者として2013年4月までその位置にあった。最後は結核でパキスタンの病院で死亡したとされる。タリバン執行部は2年間死亡を隠蔽していた。(オマル師は中国の新疆ウイグル地区のイスラム教徒を支援しないと中国政府と密約、見返りに支援を受けた。アルカイダとは同盟関係を築き、現在も同盟関係は続いている)

後任の2代目にはアクタル・マンスール師が就任、しかし、2016年に米軍のドローン攻撃により殺害された。

<最高指導者はアクンザタ師>
タリバン3代目となる最高指導者はハイバトゥラ・アクンザダ師、タリバンの共同創設者としても知られる。
アクンザダ師はパキスタンで2010年に拘束されていた。2018年、米国がパキスタンに働きかけ、カタールへ出国させた。
そこで米政権との和平交渉がスタート。タリバンの共同創設者としてカリスマ性を持つタリバン内では穏健派に類するとされている。
今回の米軍撤退交渉もアクンザダ師との交渉によるものとされる。

アフガニスタンの統治は難しい 唯一のまとまりは宗教だけ
民主主義国でない限り、国の統治がうまく行くのは統一した民族、統一した宗教、一党独裁政権、軍事独裁政権しかない。
アフガニスタンは民族、部族・軍閥で対立してきた歴史がある。

アフガニスタンは英国から独立時、パキスタンが併合しようとし反対、王家が国家統一、イスラム勢のクーデターによりイスラム国家に、その後、勢力争いが続き、1979年にはソ連が侵攻、10年間介入して1989年撤退、再び国は内戦状態に、1996年にスンニ派系ハナフィー派原理主義のタリバンが権力を掌握。
しかし、2001年9月11日、イスラム原理主義のスンニ派系武装組織アルカイタ゜が米NY市のツインタワー貿易センタービルを、旅客機を乗っとり突入させ破壊、米国はアルカイダがアフガニスタンにキャンプ地を有していたことから、タリバン政権に引渡しを要求、タリバン政権が拒否したことから、2011年10月7日、米軍がタリバン政権のアフガニスタンを猛攻撃開始、陸上部隊も投入し、タリバン政権を崩壊させ、米軍庇護の下、米国の傀儡政権を樹立させた。パシュトゥーン人のカルザイ氏が首相に就任した。

2014年11月にソ連侵攻時米国へ逃げていたガニ(パシュトゥン人)が大統領に就任した。
2020年の選挙結果でガニが2期目当選、しかし、開票に半年もかかり、対抗馬のアブドラ(タリバンとの和平の交渉役、父パシュート/母タジク)がこれを認めず政治混乱をきたした。

米国は、最後はタリバンを入れた暫定政権樹立を目指し、タリバンと米軍撤退で交渉していたが、権力移行に猛反発したのがガニ大統領とされている。ガニは米軍が撤退する前にUAEに逃亡し、自らタリバンに全土を掌握させた。

2020年にガニを2期目も就任させたのは米政権だろう、過去、米国に住んでいたことから扱いやすいと見たのだろうが、それほど権力に執着する人物で、アフガン人どころか、米国さえ見切り、逃亡するとは思わなかったようだ。

アフガンは多民族国家、各民族には部族がおり、武装している部族も多い、スンニ派系ハナフィー派でも原理主義を貫くタリバン、そのほとんどをパシュトゥーン人が占めており、新タリバン政権下では、女性問題のほか民族和解がもたらされるかも注目されている。

<北部同盟と戦闘状態>
すでにタジク人を中心にしたマスード司令官(元同名のカリスマ軍事司令官の息子)が北部同盟を再結成、パンジュシェール州の峡谷に陣取り、タリバン軍と大規模な戦闘状態に入っている。
タリバン勢力は前政府軍も組み入れ圧倒的な陣容となっている。米戦闘ヘリのブラックホークも手中に納めすでに飛行させている。
タリバンがパンジュシェール峡谷を包囲したとされるが山岳地帯、以前から北部同盟が支配している一帯であり、戦闘を終結させるためには和平交渉が望まれる。
ただ、タリバン内は強硬派も多く、先が見えないのも事実。2018年の米-タリバンの和平交渉に反発した強硬派の一部はISに流れた経緯もある。

 


スクロール→

アフガニスタン  人口:3746万人

民族

構成

言語

宗教

パシュトゥーン人

42%

パシュトー語(イラン語群)

スンニ派系ハナフィー派

タジク人

27%

ダリー語(イラン語群)

スンニ派系ハナフィー派、

シーア派系イスマイール派(少数)

ハザーラ人

9%

ハザラギ語・ダリー語(イラン語群)

シーア派系イマーム派、スンニ派(少数)

シーア派系イスマイール派

ウズベク人

9%

ウズベク語(テュルク諸語)

スンニ派系ハナフィー派

アイマーク人

4%

ダリー語(イラン語群)

スンニ派系ハナフィー派

トルクメン人

3%

トルクメン語(テュルク諸語)

スンニ派系ハナフィー派

イランはシーア派であるが十二イマーム派(国教)、国民の90%を占める。

イラクはシーア派が国民の60%、イランと同じ十二イマーム派。

その違いは、イラクはアラブ人、イランはペルシャ人(人種的にはアラブ人だが・・・)。

※画像はNHKより

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[ 2021年9月 4日 ]

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