アイコン 「令和」

 

 

新元号につき、安倍首相は語源が漢書ではなく、日本の古来のものからと申されたそうだが、日本には古来は文字がなく、中国から入った漢字表記をそのまま利用、仏教から律令制度、漢文・歌詩、雅楽に至るまで当時先進国であった中国から入って来、真似た漢字、日本の独自のものは平安時代に入ってからの女性文字のカナからだろう。

中国の古文書にも語源に似たものがあると主張されているが、当然のことだろう。梅花序文が自然体に書かれたものかどうかは文脈と意味でわかること。それで十分だろう。梅花序文に改めて張衡さんも喜んでおられることだろう。

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万葉集・梅花序文
于時、初春令月、氣淑風和、梅披鏡前之粉、蘭薫珮後之香。
(山上憶良(660年~733年)/飛鳥時代592年~710年/奈良時代710年~794年)

張衡(78~139年)詩文集・歸田賦
於是仲春令月,時和氣清。原隰鬱茂,百草滋榮。

中西進氏は東大大学院修了。万葉集が専門で大阪女子大学長や京都市立芸大学長などを歴任した。2013年に文化勲章受章。
著書に「万葉集の比較文学的研究」「日本文学と漢詩」などがあり、日本古典と中国古典双方に詳しいとして研究者の間で評価が高い人。
そうした人が、山上憶良作とされる梅花序文と張衡の帰田賦を知らぬわけがないだろう。
新元号「令和」を推奨したということは、作者や年代がほとんどはっきりしている万葉集だからこそだろう。天皇家により近いとされるものの得体の知れない小説の古事記(奈良時代・和銅5年=712年に太安万侶が編纂)からの引用はしなかったはずだ。

元々漢字そのものが中国から渡来したもの、当時、先進国であった中国の政治から文化・宗教まで真似て、大和朝廷は政治を司っていた。その基本になっているのが漢字であった。

当然、古の中国の文人たちの作の部分を、当時の日本の歌人たちが、自らの表現として引用・使用したことは疑いようもないことだろう。
ただ、そこに、日本があるかどうかということだけではないだろうか。大伴旅人の屋敷が登場するだけでもすでに、令と和という漢字が日本に溶け込んでいる証ではないだろうか。

張衡は後漢時代(25年~220年)には役人=政治家、地震方位計などの発明家、天文学者、数学者、地理学者、製図家、文学者、詩人で、中国では切手になるなど知れた古人。

春秋戦国時代から梁までの文学者131名の文を記録した六臣注文選でも儀禮に曰く、令月吉日と。鄭玄曰く、令は善也とある。

士冠礼第一の「禮儀既備,令月吉日,昭告爾字。爰字孔嘉,髦士攸宜。宜之于假,永受保之,曰伯某甫。」
令月は、当時の中国では広く使用されていた漢文の語彙で、「何事をするにも良き月、めでたい月」という意味。
以上、

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[ 2019年4月 2日 ]

 

 

 

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