【考察】「コメ価格はなぜ下がらないのか」/農水省とJA農協の"二重の壁"
全国のスーパーでコメの価格が高止まりしている。2023年夏からの急騰以降、現在もその勢いは止まらず、5キロあたりの店頭価格はおよそ4,200円超。価格が2倍近くに跳ね上がったにもかかわらず、消費者が「安くなる気配がない」と感じるのも無理はない。
だが、この価格高騰は単なる“供給不足”や“猛暑の影響”だけでは説明できない。問題の本質は、政府とJA農協による「価格操作的な構造」にある。以下では、山下一仁・キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の詳細な分析と筆者の視点をもとに、この構造的問題を読み解く。
■“備蓄米を放出しても価格は下がらない”の理由
農水省は、2024年春以降、備蓄米を最大61万トン放出する政策を打ち出した。石破首相の指示による緊急対応だ。しかし、これは根本的な解決策とは言い難い。
放出先が問題だ。放出された米は、流通の最終段階である卸売業者や小売業者ではなく、JA農協に向けられた。JA農協は、市場価格が下がらないように流通量を調整することが可能だ。実際、備蓄米が放出されたにもかかわらず、4月になっても消費者に届いた量はわずか2%に過ぎない。
加えて、今回の備蓄米放出には「1年後に買い戻す」という前代未聞の条件が付いた。これは事実上、放出=供給増ではなく、価格下落回避策として機能している。
■価格決定権はJA農協が握っている
コメは現在、「先物市場」が存在しない。かつて大阪・堂島で栄えた世界初のコメ先物市場も、戦時体制下で廃止されたまま。代わりに、現在の価格はJA全農と特定卸業者との“相対取引”によって決まる。
JA農協は、相対価格の調整と在庫コントロールにより、事実上の価格操作が可能だ。実際、2024年産米の卸価格は、60kgあたり26,000円にまで高騰。通常の概算金(仮払金)水準をはるかに上回る。
■“市場”がない日本のコメ流通
野菜や果物のように中央卸売市場で価格が決まるわけではなく、コメ市場は閉鎖的な「談合的構造」にある。JA農協と一部の卸売業者で完結する価格交渉は、需給全体の透明性を欠く。
農水省が後押しする「みらい米市場」※も、利用はごくわずか。これでは価格の透明性も信頼性も確保できない。
※米不足の一因といわれる米相場みらい米市場は、コメの価格形成の透明化を目指して2023年に農水省の関与のもと開設された現物市場だが、参加者が限られ取引量も低迷しており、市場として十分に機能していないのが実情だ。現在も価格はJA全農と一部卸業者による相対取引によって決定されており、価格決定権が事実上JA側に集中している。これにより、市場全体の需給を反映した価格形成がなされず、価格操作の懸念も指摘されている。今後は、農家や実需者の参加を促すインセンティブの導入や、価格・取引情報の見える化による信頼性の確保、さらに国による制度的支援の強化が、市場の活性化と価格の公正化に不可欠となる。
■2025年産米の概算金引き上げが「値下げ」を遠ざける
農家の収益を確保するため、JA農協は2025年産米についても、前年以上の高水準で概算金を提示。その額は、前年比3~4割増とされる。
これは、農家の出荷を確保するためのインセンティブであると同時に、“2026年秋まで価格は下がらない”という確定的な予告でもある。
■必要なのは“価格の民主化”
消費者と生産者の間にあるJA農協という“価格のブラックボックス”が、現代日本の米価形成における最大の問題だ。価格の透明性を高めるには、以下の政策が必要だ。
* 先物市場(例:大阪堂島先物)の再設立と法的整備
* 「みらい米市場」の取引活性化と価格指標化
* 備蓄米放出に際しての買い戻し条件撤廃
* 備蓄米の直接販売チャネル(小売・業者への直送)確立
■今のままでは、価格は「下がらない」
JA農協の構造的影響力、農水省の政策的回避、透明性の欠如、そして制度疲労。すべてが重なって、コメ価格は本質的に「市場原理に任されていない」。
消費者が「もうコメは高級品になったのか」と感じるのも当然だ。
価格を下げるには、市場の正常化と政策の転換、そして情報の透明化が不可欠だ。さもなければ、2026年秋までは高価格のまま、さらにその後も元には戻らないかもしれない。
もっとも、政界にも変化の兆しはある。先だって就任した小泉農水大臣は、(多少問題はあれど)コメ市場の硬直した構造を変えるべくアグレッシブな姿勢を見せている。
備蓄米の直接流通や先物市場の見直し、JA農協への透明性強化など、これまで“聖域”とされてきた分野に踏み込もうとする動きもある。改革が実現すれば、ようやく日本のコメ価格は市場原理に近づくかもしれない。