アイコン 韓国はまだ日本文化規制・禁止している 日本の歌謡・TVトラマは放映禁止

 

 

1945年8月終戦、戦後の韓国は「ナショナル・アイデンティティの形成」という側面から、日本の映画、漫画、大衆音楽、アニメなどの大衆文化の輸入が全面的に禁止されていた。

朴正煕政権時代1963年12月~- 1979年10月)になると文化振興の局面からTV放送に着手、機材を日本から導入、制作ノウハウも日本のNHKから導入するため韓国の公共放送KBSを発足させ、放送技術を取得、当初は週間のNHK番組を全部模倣して放送していた。
しかし、最初の政権が李承晩の極度の反日性向から、徹底した反日からスタートし、日本文化流入禁止は続き、規制緩和がなされたのは金大中政権からだった。
 
第1次開放(1998年10月20日)金大中政権時代
日本の漫画
日本の4大国際映画祭受賞映画
 
第2次開放(1999年9月10日)金大中政権時代            
日本人アーティストによる2000席以下の歌謡公演(放送、レコードや映像作品・ビデオの販売は不可)
日本映画の解禁範囲拡大
日本の宗教団体の活動解禁
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第3次開放(2000年6月27日)金大中政権時代
国際映画祭で受賞した日本の劇場用アニメ
日本人アーティストによる歌謡公演の席数制限撤廃
日本のコンピュータゲームの内、テレビゲーム以外のゲームソフト
日本のスポーツ、ドキュメンタリー、報道番組の放送
 
第4次開放(2004年1月1日)盧武鉉政権時代
映画の全面解禁
レコード、CD、テープ等の販売
 
<現在も規制中>
日本歌謡のTV放送やTVドラマの放映禁止は続き、上記の一部緩和の残りの部分も禁止されている。
 
日本語歌詞の報道規制、「ピカ」という日本語擬音さえ入った楽曲を放送禁止
2014年、K-POPガールズグループ『CRAYON POP』の新曲の歌詞に「日本語的な表現がある」として、韓国の公共放送局KBSは「放送不適合」と判定し、放送禁止にした。
新曲「オイ」の中で、韓国語の「ピカポンチョク」という歌詞表現の中に、日本語の擬声語「ピカピカ」の「ピカ」が入ったことが理由であると、KBSは説明した。
 
戦後73年以上経過しているにもかかわらず、韓国は戦前を引きずることを今もって政治的に利用している。
政治家たちは、いつでも利用できるように、戦前のみならず戦後~現代に至るまで、日本糾弾の反日教育だけを小学校から高校まで教科書において叩き込み、洗脳し続けている。
 
そうした教育こそが現代に至るまで、政権者たちが国民を歴史に縛り、反日無罪、「親日」=犯罪を隅々まで行き渡らせる原動力としている。
 
その反動もあり、K-POPP全盛期でありながら、多くの若い韓国民たちが日本を訪れている。今年になり訪日客が減っているのは、文在寅政権が昨年16.4%も最低賃金を上昇させ、さらに今年も10.9%上昇させた結果、若い非正規雇用者たちは収入を減らしている。
韓国内の経済が低迷している中、最低賃金の大幅上昇に経営が耐えられなくなった中小零細事業者が、廃業(労使とも失業)、雇用者の減員(失業)、雇用者に対する労働時間の短縮(賃金減)を行っていることから、日本への旅行(韓国民は旅行が大好きだが、韓国内はぼったくりがあり敬遠。LCCで韓国内旅行と同程度の金額で行ける日本へ、LCC普及とともに訪日客が急増していたもの)にも影響し、日本の地震や西日本豪雨などの影響を契機に、昨年夏場当たりから減少している。
日本批判で減ったと韓国紙は書き立てたいようだ。

 

日韓相互の訪問客数の推移
 
韓国から日本へ
日本から韓国へ
韓国
客数
前年比
客数
前年比
2008年
2,382,397
-8.5%
2,378,102
6.4%
2009年
1,586,772
-33.4%
3,053,544
28.4%
2010年
2,439,816
53.8%
3,023,009
-1.0%
2011年
1,658,073
-32.0%
3,289,051
8.8%
2012年
2,042,775
23.2%
3,518,792
7.0%
2013年
2,456,165
20.2%
2,747,750
-21.9%
2014年
2,755,313
12.2%
2,280,434
-17.0%
2015年
4,002,193
45.3%
1,830,000
-19.4%
2016年
5,090,300
21.8%
2,290,000
24.8%
2017年
7,140,165
40.3%
2,330,000
1.7%
2018年
7,538,952
5.6%
2,948,257
27.6%
2019年※
3,250,800
-4.7%
1,371,210
28.0%
・出典:JNTO/訪韓客数は韓国観光公社
2018年韓国人の旅行先:日本753万人、ベトナム344万人、米国221万人、フィリピン159万人、香港142万人、台湾102万人。中国資料は2017年385万人。
・※2019年は1~5月の累計値
 
2019年 日韓の訪日・訪韓客数>

 

韓国からの訪日客数
日本からの訪韓客
 
2018年
2019年
2019年
 
訪日客数
前年比
訪日客数
前年比
訪日客数
前年比
1月
803,816
28.5%
603,400
-5.8%
206,526
23.6%
2月
708,318
18.1%
566,600
-11.3%
213,200
26.7%
3月
619,196
26.8%
585,600
-5.4%
375,119
27.4%
4月
638,523
15.1%
715,800
1.1%
290,092
35.7%
5月
640,365
14.6%
779,400
-3.6%
286,273
26.0%
6月
606,162
6.6%
 
 
 
 
7月
607,953
-5.6%
 
 
 
 
8月
593,941
-4.3%
 
 
 
 
9月
479,733
-13.9%
 
 
 
 
10月
571,176
-8.0%
 
 
 
 
11月
588,213
-5.5%
 
 
 
 
12月
681,566
0.4%
 
 
 
 
年計
7,538,952
5.6%
3,250,800
-4.7%
1,371,210
28.0%
 
<韓国の戦後>
1945年8月15日、日本終戦、韓国では光復年としている。
1948年、極悪人の李承晩が初代大統領に就任、この極悪人は済州島四・三事件、麗水・順天事件、聞慶虐殺事件、保導連盟事件に対し大量の死者を出す大弾圧、大量の避難民が日本へボロ船で渡ってきた。
1950年、朝鮮戦争勃発、極悪人の李承晩はソウル市民を見捨ていち早く釜山に逃避、韓国軍は崩壊、釜山近郊まで攻め込まれ、米軍参戦でやっと回復、北朝鮮へ攻め込むも、中国軍が参戦し押し戻され、38度線で休戦、米軍が北朝鮮に攻め入ったときに、莫大な量の焼夷弾を絨毯爆撃し続け、北朝鮮の民間人が100万人以上犠牲になったとされ、それ以来、北朝鮮市民も米国を敵視している。
1952年、李承晩がかってに日韓間水域に李承晩ラインを設定し、1953年に竹島占拠、現在に至る。
1959年、韓国の情報部隊が新潟日赤センター爆破未遂事件を引き起こした。
1961年、クーデターにより、朴正煕軍事政権誕生
1965年、日韓国交正常化条約と付随協定を締結。元徴用工に対する賠償金の支払い含む
1965年、米軍の要請によりベトナム派兵、その後、性暴行・村民全員虐殺事件を頻発させる
1973年8月、韓国KCIAが東京にいた金大中氏を拉致した事件。
国家主権を侵された三木武夫首相はKCIA関与を韓国側否定のまま政治決着
1979年、朴正煕大統領、KCIA部長に暗殺される。
全斗煥と盧泰愚らが粛軍クーデター、全斗煥大統領に                                                
1980年5月18日、光州事件。弾圧が厳しいなか、抗議デモが拡大、一部が武器庫を襲ったため悲劇が拡大した。その後、中心的な役割をしたとして金大中氏に死刑判決、国際世論の批判から、米国へ追放。その後、1985年に帰国強行。
1993年、韓国で初めて文民政治の金泳三政権誕生。日本はバブル崩壊時代平成5年。
1998年、金大中政権誕生、北朝鮮への太陽政策推進、日本文化規制を大幅緩和
2003年、盧武鉉政権誕生、反日姿勢強める。文在寅氏が大番頭だった。
2004年、年末、開城工業団地の一部が完成し入居開始、その後順次完成し入居していた。
2008年、李明博政権誕生、
2012年8月10日、李明博は、国会議員の実兄が巨額収賄で逮捕され、その翌月に大統領初となる竹島上陸、翌日、元慰安婦たちが集団生活するナヌムの家に行き、天皇陛下に対して最大級の侮辱発言。
この問題を契機に、韓国のナショナリズムに火がつき、反日運動、次の朴槿恵政権はナショナリズムに踊らされ拠り所をなくし、中国へ傾倒、習近平主席と蜜月時代構築。しかし、同盟国のオバマ米大統領から叱責され、核実験やミサイル実験を行う北朝鮮批判を強化、創業来初めて開城工業団地から韓国企業を完全撤退させ、THAAD配備決定、日本との関係でも慰安婦問題で合意した。
しかし、朴槿恵氏に巣食ったオカルト姉さんは、朴大統領を完全に利用していたことが発覚、文在寅氏は千歳一隅のチャンスとばかりに、ポピュリスタとなり、反日民族主義で固まった民衆をポピュリズムに昇華させ、朴大統領を弾劾へ追い込んだ。
2017年5月、北朝鮮派の文在寅大統領誕生、日韓葛藤問題を日本に対して投げかけ続けている。
2018年4月27日、南北首脳板門店会談を行い、2018年6月10日の米朝首脳の初のシンガポール会談へ導いた。
       ただ、米朝首脳が直接、連絡するようになり、今年になっては、「おせっかいするのはやめろ」と北朝鮮から非難され続け、北朝鮮にとって文政権の商品価値はすでになくなっている。
2019年7月1日、文在寅政権による日本たたきに痺れを切らしているところに、日本政府無視が半年間も続き(1965年協定に基づく協議1月9日要請、引き続き仲裁委設置要請に対する回答はいまだない。次の期限は7月18日)、日本の安倍政権は韓国への経済制裁へ踏み切り、戦後も73年以上を経過し、ウィーン条約違反など国際条約無視や反日無罪は韓国民には通用しても日本には通用しない、適用できないことを知らしめている。
 
日本の文化禁止の緩和は皮肉にも、軍人政権や保守政権ではなく、平和主義の金大中大統領と
北朝鮮愛と反日だけの盧武鉉大統領により、緩和されている。
韓国の軍人政治家や統一教会とべったりだった日本の首相たちは何をやっていたかということになる。誰かさんの爺様も含め。

 
[ 2019年7月 8日 ]

 

 

 

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