アイコン デニー知事「代替案を出す」と言い出す

 

 

わ~懐かしい、久間章生さんが若い、1996年12月2日だそうです。

ということは平成8年です。今から23年前ですね、久間さんが56歳の時です。

久間さん、どうしちゃったんでしょう。

あの頃、生まれた赤ちゃんが23歳ですよ。

もうとっくに普天間基地の移設も終わり、普天間地区の再開発も終了し、今頃は那覇市の新都心や北谷町の美浜町のように活気ある賑わいの街が宜野湾市に誕生してても不思議ではない年月です。

沖縄県は実にもったいないことをしたもんです。

そして今頃になって辺野古移設に代わる案の検討を始めるんだそうです。

はっきり言って、うんざりです。

たまには、玉城デニー知事も、(農と島のありんくりん)を真剣に読んだら、もう少しマシな政治家になれると思うのは私だけだろうか。

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農と島のありんくりん
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2019年3月27日 (水)

デニー知事「代替案を出す」と言い出す

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デニー知事が方針転換すると言いだしました。それを報じる朝日です。

「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐり、沖縄県の玉城デニー知事は、新年度から辺野古移設に代わる案の検討を始める。

県政課題に関する諮問会議の中で、政府OBら専門家に協議してもらう。「代替案は政府が考えるもの」としていた前県政の方針を転換する。

 2月の県民投票で辺野古の埋め立て反対が7割を超えたが、安倍政権は辺野古移設に固執し、工事を進め続けている。

県幹部は「政府と交渉するための意見をまとめたい」と話す。

玉城知事が4月に立ち上げる諮問会議は「万国津梁(ばんこくしんりょう)会議」。基地問題もテーマで、辺野古移設問題も議論する。

県幹部によると、協議内容は米海兵隊の運用や移転先などを想定。議論を進める中で、辺野古移設の代替案を検討する考えだ」(朝日3月27日)
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190327-00000002-asahi-pol

デニー知事が移設反対派の基本戦略だった、反対は大声で叫ぶが、具体的に普天間基地の移設先は政府が考えるものだという奇妙なタブーを破ったことは、率直に評価します。

この方針転換は何らかの変化の兆しと捉えてよいのか迷うところですが、悪くはないトライアルです。

デニー知事がこの方針転換に踏み切った背景には、自分が主導した県民投票が思惑をはずれてしまったことにあります。

おそらくデニー氏は投票率6割程度を確保し、うち反対票が8割を超えるていどを目指していたと思いますが、如何せん投票率が5割を切りきりかねない危険ラインでした。

税金を1億5千万突っ込み、あれだけ連日テレビをつければうるさいほどの大宣伝、公職選挙法が適用されたなら違反だらけの官製「選挙」をして、このていたらくです。

そしてなんのことはない、さきほど引用した朝日を代表にいくらメディアが県外に対して「反対が7割に達した」とタイコを叩いてみても、県民には反対派の実態が7割どころかわずか37%だとバレてしまいました。

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週刊金曜日最新号表紙

そしてもひとつ県民投票によって白日の下にさらけ出されたのは、反対派の最大の弱点であった「普天間基地をこのままにしておいてよいのか」というメーンテーマについて、県民が認識することになってしまったことです。

これは反対派にとっては大いに痛かったはずです。痛かったので、なおさら「7割の民意」というフェークを強く言うようになっています。

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沖縄タイムス2016年12月12日

というのは、移設反対派は普天間移設と辺野古移設を切断して、まるで別個な問題であるかのように見せかけるのが基本戦略だったからです。

もちろん別な問題どころか、普天間基地の行く先を決めるためにSACO(日米特別行動委員会)が設けられたのですし、名護市が受け入れに当たって徹底して地元自治体や関係業者の意見を取り入れて辺野古移設現行案が決まったわけです。

よく強権的に海を埋め立てているという人がいますが、とんでもない。

腰が引けた政府が沖縄をまるで腫れ物に触るように扱った結果、20年間も空費してしまっただけのことです。

これは普天間基地が確保されていて十全に機能しているから、ことさら動きたくはないという海兵隊の思惑にも合致していました。

政府は腰が引け、海兵隊の本音も動きたくない、だから国策でありながら20年以上も引っ張ったのです。

このような経過を一切無視して、「普天間は危険だから移設しろ」という要求と、本来はそれと切り離すことができないはずの「辺野古移設にも反対」、その上に「代替案は政府が考えろ」では話にならないではありませんか。

これでは事実上、普天間移設についての国と県が真面目に協議をしないと言っているに等しいのです。

しかし皮肉にも、切り札として出したはずの県民投票において、賛成反対の2択に絞ってしまったことによって、移設反対派が実は何を隠して来たのか、どうして隠したいのかを暴露してしまう結果になってしまいました。

このまま県が代替案すら拒んだまま推移すると、政府は「これでは移設が浮遊してしまう」(岩屋防衛相)というしごく当然の理由で埋立を続行することになります。

あるいは県の主張を取り入れるならば、普天間基地移設は白紙化されて終了となります。

どちらも地獄だ、ということにやっとデニー知事は気がついたのかもしれません。

憶測ですが、官邸サイドは頻繁にデニー知事と面談することによって、反対のための反対なら膠着したままで工事を続行するしかありませんが、具体的協議ならば歓迎しますよ、というシグナルを伝えたと思われます。

とまれ、移設反対派の知事から公式に「代替案」がでてくるということは、なんらかのたたき台が登場するということですから、反対のための反対よりは百倍はましです。

ただし、哀しくや彼ら移設反対派の陣営内でまとまらないでしょうね。

まず移設反対派は県内代替案は完全拒否のはずだからです。

あらゆる県内候補はSACOで検討しつくされて却下されてきています。

あえて言えば、ハンセン陸上案(小川案)や勝連沖合案(エルドリッヂ案)、あるいは嘉手納統合案などがあることはありますが、県内案であるかぎりオール沖縄に拒否されてお終いです。

ま、残念ながら無理でしょう。

仮に万国津梁会議とやらでこのような県内代替案が出たとしても、カリスマ性からほど遠いデニー氏が一本にまとめきれるとは思えません。

故翁長氏はそれがわかっていたからこそ、得意の腹芸を封印し、一貫して代替案を口にしなかったのです。

となると現時点で唯一の具体的代替案らしきものは、小川和久氏をして「情報格差」とまでいわしめた前泊博盛氏の長崎県案ていどしかなくなります。

これは既に本土ではとっくに相手にされなくなっているレトロな軍事知識の産物にすぎません。

こんな浅薄な案がもっともらしく通用するのは県内だけで、政府は軽く一蹴するでしょう。

とまれ、結果まで考えるとどうしても悲観的にならざるをえないのですが、デニー知事にいささかの合理的思考が残っていたことは嬉しい限りです。

 
[ 2019年3月28日 ]

 

 

 

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